根性の別れ

根性の別れ





お目汚し、失礼いたします。



「 根性 」という言葉は戦前の日本を連想させるようなアナクロな表現なので
「 精神力 」と言いなさいと小学生のときの担任教師が申しておりましたが
根性も精神力も持ち合わせていなかった私にとっては
両方とも煩わしく忌まわしい言葉でしかありませんでした。
そういった言葉を聞かされることが当時の私にとっては
今風に申せば「 ワードハラスメント 」だったのでございます。



もっとも、根性もしくは精神力を身に付けていれば、こんなことにはならなかっただろうと
今となっては後悔することが何かと多い今日この頃でございますが
とにかく若い頃の私にとってはそういった言葉はひどく縁遠いものでございまして
しかもこの年になってくると根性も精神力もますます縁遠いものになってまいります。
年をとりますと何事をするにもまず時間やキャパシティを計算して
今自分に余裕があるかどうかを確認してから行動に出るようになるのでございます。



たとえば若い頃は、一週間かかる仕事を3日で片付けなければならなくなっても
どうにかできたものでございます。
ほんの10秒で終わるテレビCMに出てくる水着姿のオネーチャンでヌクこともできました。
しかし今は無理が利きません。
一週間かかる仕事は10日かかると想定して予定を立てておりますし
10秒で終わるCMは録画・再生という手順を踏まなければヌケません。
ときには静止画でなければ精子が出ないこともございます。
老いというのはこういうことなのでございましょう。



根性無しで精神力が希薄な私のような人間は
おのずと逃げ腰で生きていくことになります。
「 逃げるは恥だが役に立つ 」というテレビドラマがございましたが
逃げるにも精神力は必要でございます。
かつて私は逃げるという選択から逃げたために
周りの人間に多大な迷惑をかけてしまいました。
そしてそれを今も引きずっているわけなのですが
たとえ自分にとってどれほど理不尽で筋違いで不愉快な状況であっても
自分自身が選択をしなければならない時が人生にはあるものでございます。



何やらつまらない自分語りをしてしまって恐縮でございます。
ともあれ、さほど遠くない将来において根性は死語と化し
精神力という言葉に取って代わられるのではないかという気がいたしますが
精力も精子力も衰え、精神力など皆無に近い私にとっては
いずれにしろ、どうでもいいことでございます.....





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