チェンジ




お目汚し、失礼いたします。



師走になったので12月らしいテンプレートに変えてみました。
月が替わればまた元のテンプレートに戻るか
別のテンプレートに変えるかしようと存じます。
あるいは、気まぐれな私のことゆえ、月が替わるのを待たずに
テンプレートを変えてしまうかもしれません。



それにしてもこういったテンプレートをデザインするかたがた
本当にたいしたものでございますな。
写真をあしらったり、ユニークなイラストを使ってみたり
フラッシュアニメやインタラクティブアート風にまとめてみたり、見ているだけで飽きません。
テンプレートだけで何も記事が無くても満足できるようなサイトやブログもよく見かけます。
不思議なことに私の書くような駄文でも
テンプレートの中ではそれなりに映えて見えるものでございます。



私も、こういった技術を身に付けてその方面の業界で働きたかったのでございますが
どういうわけかツブシの利かない文科系の道を歩みまして、今日に至っております。
ああ、できるものなら高校生の頃に戻り、進路選択のやり直しをして
人生のテンプレートを変えてみたい.....





マイクテスト




お目汚し、失礼いたします。



先日、壊れていた携帯電話の修理が終わったということを
ケータイのショップから御連絡いただきましたので
私、早速取りに行ってまいりました。
修理費用は、保険でカバーできるとのことでしたので¥0円。
何やら得をした気分でございます。



引取りの手続きの前に、ショップ店員のオネーチャンが
修理済み携帯電話の動作確認をしておりました。
某グラビアアイドル似のそのオネーチャン
何やら私のケータイをコチョコチョと弄っておりましたが
やがてショップの固定電話から私の携帯電話に連絡を入れ
きちんと通話ができるか確認するため、送話口に向かって声を出しております。
マイクテストでございました。



まさか「 本日は晴天なり 」などとは言わんだろう。
そのショップの社名にちなんで「 アウ、アウ~ 」と喘いでくれたらうれしいのに。
あるいは何がしかの手数料を払えばオプションで「 Oh~、Big 」と嬌声を上げたり
「 Nnnnnn...No~ 」とか咽び泣いてくれるというのならどんなにか喜ばしいことだろう。
ついでに私の股間のマイクテストもしてくれたら超ラッキ~ などと
イタイタしいことを考えていた私ですが
オネーチャンは結局ただ「 あ。あー 」と声を出しただけ。
実にあっけないものでした。



イメクラと称する風俗店でケータイショッププレイなるものが
あるのかどうかは存じませんが、真昼間だというのに
そんな店でそんなプレイを楽しんでいる自分の姿が目に浮かんでまいりました。
まぁそこまで極端ではなくとも、今や携帯電話はカメラ付きがデフォルト。
新規契約の折は、気に入ったショップ店員のオネーチャンの写真撮影をやらせてくれるという
サービスがあってもいいのではないか。そんな気がした昼下がりでございます.....





人間の羊




お目汚し、失礼いたします。



とある日曜日、某自然公園へ遊びに行ったおりの帰る際のことでございます。
乗用車で来ていた私は、その公園の駐車場に車を停めておりましたが
自宅へ帰るために出口のゲートの方に車を回しました。
夕刻で、駐車場内は私のようにこれから帰宅しようとする車が
出口のゲートに向かって列を成しております。
しかしゲートでの精算作業が捗っていないのか、自動精算機が故障したのか
一向に前へ進みません。私の位置からはゲートのところが見えないので
何がどうなっているのかサパ~リ。そのままずるずると時間が経っていきました。



30分近く経ったころでしょうか、ようやく係員らしき人間が駐車場に現れ
ゲートの方へ向かって歩いていきました。それから15分ほど待たされた後
やっと車の列は動き出し、私の車も出口へ向かうことができました。
自動精算機のところには係員が立っておりましたが、何が起きていたのかは不明。
まぁ結局外に出ることができたのですから、どうでもいいのですが。



それにしても近頃は、「 すぐカッとなる 」とか「 キレやすい 」とかいう人の話を
よく耳にするのですが、係員が来て車が動き出すまでの一時間近くの間
車から出て来て騒ぎ出す人間というのが誰一人としておりませんでした。
上記のようなことがあれば、たいていは15分以内に変な色の眼鏡をかけたオッサンや
六尺豊かなニーチャンがどやしつけにいくものでしょうが
そんなことが無かったということは、世間というものは私が想像しているよりも
実際には温厚な人が多いのかもしれません。



もっとも、牙の無い羊のような一般市民が増えているという見方もできるわけですが.....






天使を夢見ず




お目汚し、失礼いたします。



突然の訃報でございます。
脚本家、市川森一さんが今朝お亡くなりになりました。享年70歳。
色々な方面で御活躍されていたようでございますが
私個人としては往年の特撮ドラマ「 ウルトラセブン 」「 帰ってきたウルトラマン 」の
脚本を書かれたかたという印象が強ぅございます。



特に私の印象に残っているのは、特撮ファンの間で評価の高い
「 帰ってきたウルトラマン 」第31話の脚本でございます。
「 悪魔と天使の間に…… 」という、子供向けドラマとしては
ややシュールでアダルトな雰囲気をもつタイトルの作品でございまして
内容もまたそのタイトルを凌駕するようなシュールでアダルトなものでございました。



この作品の内容についてはネタバレになる虞もございますゆえ割愛させていただきますが
まさに悪魔とも呼べるような狡猾な宇宙人が人類とウルトラマンに仕掛けた
恐るべき罠を描いた佳作でございます。
そのサスペンスの妙たるや、もはや子供向けドラマの域を越え
しかもラストの部分は文芸作品かと思ってしまうような趣があり
格調の高い大人向けのドラマに仕上がっております。



その格調の高さを集約したのが、ラストの部分においてMATの隊長、伊吹竜に扮する
故・根上淳氏が呟くように言った、このセリフでございます。

     人間の子は人間の子さ。天使を夢見させてはいかんよ。

このセリフ、市川氏が書いた元々の脚本では、やや下世話な文句だったようでございますが
それをこのような形に昇華させたのは、俳優や監督はもとより制作に携わった様々な人々が
市川氏の脚本の秀逸さに触発された賜物でございましょう。
まぁ御本人がそのことをどう受け止め、自分の中でどう評価していらっしゃるかは
私どもにはわかりませんが、ともあれ、市川氏の脚本によって
格調の高い特撮ドラマが出来上がったのは確かでございます。



市川森一さん、安らかにお眠りください。
慎んで御冥福をお祈り申し上げます.....





年賀情




お目汚し、失礼いたします。



そろそろ郵便局で年賀状の受付が始まる時期でございます。
皆様、もう年賀状はお作りになられたでしょうか。
私、仕事上のお付き合いのある方への年賀状は
毎年、知り合いの印刷会社にお願いしておったのでございますが
来年の年賀状についてはとうとう自分で作ることにいたしました。
ネットで無料素材をダウンロードし、インクジェット用年賀はがきを買い込んで
宛名や文面、イラストをプリンタで印刷して作っておりまする。



年賀状といえば、若い頃に意中の女性へ宛てた年賀状のことを思い出します。
彼女は当時私が勤めていた会社のOLで、私とは別の部署に居た女性なのですが
社内にいる時、勤務中の用事で何回か話をしたことがございました。
ルックスは派手で、化粧もちょっと濃い目、エロさ満点の女性で
一目見たときから私は彼女の虜になってしまいました。



まだ20代前半だというのに、30代後半の色気がとろけ出ている彼女の顔や声は
見聞きするだけでカウパー氏腺分泌液が出てしまうほどでございまして
そんな彼女に対して私はそれとなくアプローチをかけていたのですが
まったく反応はございません。
それまで女性と付き合った経験など皆無な上に気弱だった私は
面と向かってポジティブな形でアプローチできないので
彼女が無反応なのも当然だったのでございます。



そんな私が暮れも押し詰まったある日、彼女あてに年賀状を書こうと思いつきました。
年賀状なら、ラブレターのような大上段に構えた文面でなくても
新年の挨拶に絡めて何かそれとなく彼女に伝えることができるだろう
と考えたのでございます。
しかも好都合だったのは、私が勤めていた会社では当時
社内間のコミュニケーションを良くするため、全社員の自宅の住所が記された名簿が
社員一人一人に配られておりました。今時の企業なら当たり前となっているような
個人情報についての厳しい管理がなされていなかったため
彼女の住所を知ることはきわめて容易だったのでございます。



しかし所詮、年賀状は年賀状でございます。
仕事の上での、それも時たま言葉を交わす程度の付き合いの人間に対して
新年の挨拶以外のことを書くのは不自然でございます。
あれこれと考えた挙句、結局、ありきたりの「 あけましておめでとう 」で終わってしまいました。
返信は来ませんでしたし、年が明けて最初に彼女と顔を合わせたときも
年賀状の「 ね 」の字も彼女のクチから出ることは無く
むしろ私を避けるような素振りがなんとなく感じられました。



そもそもプライベートは愚か仕事のときも、たまにしか会話をしない程度の付き合いの人間に
年賀状を出すこと自体、イタイタシイことでございましょう。
とはいえ、その程度の付き合いの人間がわざわざ年賀状を出してきているのだから
それ自体何らかのメッセージにはなる、ということも意識して私は年賀状を書いたのですが
彼女にそのメッセージが伝わったかどうか、今もって判然といたしません。



その会社を私が辞めてから30年近くになりますが
辞めてからはもう彼女への年賀状を書くことはございません。
今も年賀状を書いて出しているとしたら単なるストーカーでございましょう。
今はただ年賀状を書く代わりに、彼女の顔と声を思い出しながら
せっせとマスをかくばかりでございます.....






師走の風




お目汚し、失礼いたします。



師走と申しますと、あわただしくせかせかとしたイメージがつきものでございます。
昼日中、仕事で車に乗って街へ出かけたりいたしますと
そういった街の様子を実際に目にして、師走の風を肌で感じる今日この頃でございます。



師走の街なかでは、アベックだとか数人で連れ立って歩いている人とかをよく見かけますが
大半の人は一人でトボトボと歩いておられます。
そしてそんな一人歩きをしている人は、大抵なにやら思いつめた表情を顔に浮かべており
傍目には何か悩み事や心配事を抱え込んでいるように見えるのですが
そういった人たち、年齢層も性別も様々でございまして
老若男女、中には小学生ぐらいの子供さえ居るのでございます。



もっとも、彼らが見た目と同じ精神状態にあるかどうかは判然といたしません。
もし見た目と内心が異なるのであれば、それは彼らなりの防犯対策でございましょう。
格差社会というものが定着してしまった感のある昨今
ヘタに幸せそうな顔をして歩いていれば何かと妬みの標的となってしまいます。
わけの分からないキチガイや通り魔に襲われでもしたら、たまったものではございません。



それゆえ、そんな難を避けるべく、わざと不幸な顔をしているのかもしれません。
不幸な顔をしていてもキチガイや通り魔に襲われることはございますが
少なくともある程度のリスク回避にはなるんじゃないか
そういった意識でわざと不幸な顔をしているのでございましょう。



ともあれ、はっきりしているのは、幸せな人間が幸せを満喫できないというのは
まともな社会ではないということでございます.....






いっぱいいっぱい ( ゚∀゚)o彡゚




お目汚し、失礼いたします。



昨夜、奇妙な夢を見ました。
それは自分が森の中の水洗式公衆トイレに入ってウンコをする夢でございまして
気持ちよくウンコを終えたまでは良かったのですが
ウンコを終えるといささか困ったことになっているのでございます。



どう困ったことになっているかと申しますと
ウンコをする前よりもトイレの中が狭くなっており、私の体と便器とが
やっと入る程度の大きさにまで室内が縮んでいて
手足を自由に動かすことができません。
空間的にいっぱいいっぱいの状況なのでございます。



そのためウンコを流すことはもちろん、ケツを拭いたり、ずり下ろしたズボンを上げたり
ということができないのでございます。しかもトイレから出ることができないため
便器に腰掛けて呼吸をするか用を足す以外、何もできないのでございます。
これではいずれ、尻の穴はガビガビになり、何も食えずに飢え死にしてしまうことでしょう。



夢から覚めたとき、幸いにも寝グソは垂れておりませんでしたが、
なんとなくイヤ~な感じの寝覚めでございました。
トイレの個室というのは本来、人間が緊張やストレスから解き放たれ
全面的な安心感の中で生理的欲求を満たす場所であるはずなのですが
そこで突然、危機的状況の真っ只中に陥るとはなんとも皮肉なものでございます。



思わぬ裏切りに遭って危機に陥ることを「 梯子を外される 」などと申しますが
それと同義で「 便所が小さくなる 」という諺があってもイイのではないか.....
ふとそんなことを思った次第でございます。





牽引機との戦い




お目汚し、失礼いたします。



最近ちょいと腰を傷めまして、整形外科へ行っておりました。
診察を受け、牽引という治療をしてもらうことになったのでございますがこの治療
実に気持ちのイイものでございます。
治療台の上に横たわり、看護師に両脇と腰にベルトをかけてもらいまして
タイマー式の機械で体を頭と足の方向に引っ張るのですが
痛みなどまったく無く、引っ張られている間は腰の辺りが何やら軽くなるようで
実に心地良かった次第。



先日も治療に行ってきたのでございますが、あまりに気持ちイイので
牽引治療機に寝そべったままうたた寝をしてしまいました。
そのとき、夢うつつの状態で私、昔見たドルフ・ラングレン主演の映画を
偶然思い出したのでございます。
確か「 パニッシャー 」というタイトルのアクション映画で
私が思い出したのはドルフ・ラングレン扮するパニッシャーが敵に捕らえられ
牽引治療機のような拷問設備で体を上下に引っ張られているシーンでございました。



日本の時代劇などを見ておりますと
石抱きや駿河問い、水責めといった拷問が出てまいりますが
人間の体を上下に引っ張って苦しめるという拷問は見かけたことがございません。
ところが以前、YouTube巡りをして舶来映画の拷問シーンを漁っていたところ
この牽引拷問、西洋の方ではポピュラーなのか、よく見かけました。



日本の時代劇の拷問は残酷なことは残酷だが
どこか相手を人間として扱っているような気がする。
それに対して西洋の拷問は完全に相手をモノとして扱い
苦しめるというよりかは壊すという感覚に近い。
だがSMのコアなマニアにとってはそういった拷問の方が
マニアとしての琴線に触れるのではないか。
その乱暴さや無造作加減がサディストやマゾヒストの興奮度を高めるのではないか。
現に自分も今、パニッシャーのあのシーンを思い出して興奮しているではないか.....などと
夢うつつの中で考えているうちに私、目を覚ましました。

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