マンション幻想




お目汚し、失礼いたします。



石を投げれば当たるとまでは申しませんが
何やら昨今、マンションをよく見かけるようになった気がいたします。
それも新築マンションがことのほか多く見受けられるようなのですが
こんなにたくさんマンションを作ってどうするのでございましょう。



ちゃんと入居予定者がいるから作っているのでしょうが
私の印象ではせっせと空き家を作っているような気がしないでもありません。
現に建っていたり、あるいはこれから建ちつつある多くのマンションが
すべて空き家になってしまったら
その管理費・維持費はどうなるのでございましょう。



そうやって経費がかさんだ結果
経営が傾いてくるデベロッパーも居ることでしょう。
特に大規模な都市開発をいくつもこなしているデベロッパーが
経営不振に陥れば、どうなりましょう。
例によって日本経済への深刻な影響を鑑みて
公的資金が導入されることになるのでございましょうか。



小規模なものはともあれ
巨大なマンション群があちらこちらで出来上がることに
私は不安を感じます。
いや、マンションばかりではございません。
何か大きな動き、何か大きな変化が起きるたびに
それによってもたらされるデメリットが、いつもいつも
一個人の力では抗うことのできないやり方で粛々と解決されることに
非常に理不尽なものを感じます。
経済が、政治が、文化が、人権が、平和が、国際社会が、と振りかざし
力ずく理論ずく情けずくで何もかも押し流してしまうこの世の中。



夜間、郊外の住宅地や都心の幹線道路を車で走っているとき
美しい夜景の一部を構成する巨大なマンションを目にして
ふと気が安らぐことがございます。
マンションの一戸一戸に明かりが灯っているのを見て
ああ、あの明かりの一つ一つに人が住んでいて
それぞれ生活を営んでいるんだ。今、食事をしているのだろうか
テレビを見ているのだろうか、家族で語らっているのだろうかなどと
勝手な想像を繰り広げて何かホッとした気分になるのでございます。



しかし誰も住んでおらず、人の気配も無く、何の明かりもついていない
真っ黒な建造物が立ち並んでいるのを見たとき
人はどんな気分になるでしょうか。
恐らく巨大な納骨堂か墓石が聳え立っているような
重苦しいものを感じるでしょう。
そして放置された墓場に蛆や雑草が湧くように
やがてそれらの建物には不法侵入者が住み着いて
スラム化してしまうことでございましょう。



心配性でペシミスティックに過ぎると言われましょうが
雨後の竹の子のごとく建ち続けるマンションに対して私は
理不尽で陰鬱で、そして腐臭が漂う
ネガティブな未来図しか描くことができません.....






折り合い




お目汚し、失礼いたします。



石川県金沢市のホテルにおいてエレベーターによる事故が起き
清掃作業をしていたパート従業員の女性のかたが亡くなられております。
現在のところ、事故原因が何なのか調査中だとのこと。
このエレベーター、外資系メーカーの製品で
同メーカーのエレベーターについてはこれまでにも何回か
人命にかかわるような事故が起きており
数年前にも、高校生が圧死するという痛ましい事故が起きております。



エレベーターやエスカレーター、あるいは機械式駐車場など
電気仕掛けで動く大きな機械装置は常に事故の危険と隣りあわせでございます。
機械自体の故障や欠陥が事故の原因となる場合はもちろん
その機械の利用方法や操作に誤りがあって事故が起きる場合もございましょう。
しかし実際のところ、そういった危険を認識しながら装置を利用しているかたは
かなり少ないのではないでしょうか。



先日も私、仕事先のとあるマンションを訪れた際
そこで機械式駐車場を見たのでございますが
まだ駐車装置の鉄枠が完全に上がりきらないうちに
幼い子供を一人で中へ入らせているママさんドライバーを見かけました。
つい半年ほど前に、どこかの機械式駐車場において起きた
幼児の痛ましい死亡事故を思い出し
あっけに取られると同時に眉をひそめた次第でございます。



電気仕掛けの物というのは安全第一で設計され
またそのような商品になるべく製造されており
そのメーカーはたいてい大手企業でございます。
取扱説明書にはユーザーに対して危険防止のための
さまざまな注意書きが記されておりますが
そういったことを読まずともとりあえずは安全に使えるようになっております。
それはメーカー側にPL法が浸透していることの表れであり
そういったことが周知されているからこそ
われわれ一般消費者は安心して電気仕掛けの物を使うことができるのでございます。



しかし電気仕掛けの物は、人力を使った物と比べると
使い方が単純で労力が要らず、便利なのでございまして
そこに「 安心 」という意識の流れにおいて澱みができ
さらに「 油断 」という生ぬるい沈殿物が生じるのでございます。
その結果、安心と危険の境界線があいまいになり
気がつくと自分が命がけの芸当をやっていたということになりかねません。



電気仕掛けの物には、そういった幻惑的な面がございます。
それゆえ、電気で動く機械装置や設備はもちろん
今こうして私がいじっているPCをはじめ
携帯電話や掃除機、冷蔵庫に懐中電灯、電動コケシにいたるまで
常に神経を尖らせる必要がございます。
特に電動コケシについては、その使用中に相手が感電してしまい
ショックで膣が痙攣して抜けなくなってしまうといった事態を避けるべく
細心の注意を払い、おかしな音を立てたり妙な動きをするようであれば
即座に使用を中止するよう心がけるべきでございましょう。



一番良いのは、電気仕掛けの物など使わないこと、コレに限ります。
しかし今やわれわれの日常生活におけるライフラインやインフラは
ほとんどが電気仕掛けで動いております。
それなりのリスクを受け入れながら
折り合いを付けなければいたしかたございません.....







芸人魂




お目汚し、失礼いたします。



先日、関西系のお笑い芸人が警察ともめているビデオが
YouTubeにて流れておりましたが
この件に関して当のお笑い芸人は後ほど謝罪コメントを発表しております。
発端は、このお笑い芸人L・Aがボーカルを務めるロックバンドの公演チケットを
L・Aみずからが繁華街で販売していたときに起きた
駐禁をめぐる警官とのいざこざでございます。



L・Aはその折、ネットによる生配信をおこなうべく
ビデオカメラを持参しておりまして
このときの警官とのやり取りがネットを介して流れていたのでございます。
L・Aはかなり強気な発言を繰り返しておりましたが
いろいろと法的・道義的に問題があったのでございましょうか
結局自分がレギュラー出演をしているテレビ番組の中で
謝罪するという運びとなったようでございます。



私、非常に残念に思いました。
このL・Aが謝罪コメントを出したことではございません。
あの生配信のさなか、なぜ芸人として芸の一つも披露できなかったのか
ということでございます。
生配信という、ライブパフォーマンスをおこなうには絶好の環境にありながら
どうして自分の芸を披露することができなかったのでございましょう。
映像を見ている視聴者、ひいてはもめている相手の警官さえも
クスッとさせるようなことが何故できなかったのでございましょう。



カネをもらっているわけでもないのに
なんで芸をやらなきゃならないんだと言われたらそれまででございますが
揉め事もネタにしてしまうのが芸人でございましょうし
そんな芸人としての自分を売り込むには
あれは千載一遇のチャンスだったはずでございます。
それとも芸人よりも副業のロックミュージシャンとしての活動の方が
大事だったのでございましょうか。
いや、むしろ芸人の方が副業だったのでございましょうか。



以前、仕事先の町にある市役所へ用事で行ったことがあるのですが
帰り際、何気なく市役所内のとある部署の前を通ったとき
そこで怒鳴り散らしている中年男性を見かけました。
何か理不尽な対応をされたのか
しきりに同じことを繰り返し怒鳴っていたその男性は
パジャマ姿でございました。



昼日中にパジャマ姿で市役所の窓口にて怒鳴り散らす中年男性の姿には
一種異様な迫力がございました。
その様子を見た私、この男性は何か示威的な効果を狙って
意図的にパジャマ姿で訪れたのではないか。
パジャマ姿で市役所を訪れるという日常と非日常
バランスとアンバランスの間隙のような
不安で不可解で不条理な状況を、その場において演出することによって
自分の要求や主張を認めさせようとしているのではないか。
そしてそれが、その男性なりの「 芸 」だという気がいたしたのでございます。



芸は身を助けると申します。
素人でもないプロの芸人であったのなら
あの場を丸く治めるか、もしくは芸人として箔が付くようなことが
何かできなかったのでございましょうか.....






遠くへ行きたい




お目汚し、失礼いたします。



公私において何か気がかりなことや不安なことがあるとき
いつまでもイライラ・クヨクヨ・ガクブルすることの多かった私ですが
最近はようやく気分の「 切り分け 」をすることができるようになり
とりあえずいやな事は「 忘れる 」ということができるようになりました。
もっとも、忘れてはいけないことまで忘れてしまい
仕事に差し障りが出る場合もございますが。



とはいえ、そういった気分の「 切り分け 」ができるようになっても
やはりストレスを感じてしまうことがございます。
そんなとき私がときおり思い描くのは
どこかの遠くにある長屋のような場末の町で
小さな間口の家にひっそりと住み
質素な暮らしをする老人となった自分の姿でございます。
誰の邪魔もせず、誰にも邪魔されずに静かに時を過ごし
人知れず朽ち果てていきたい……
しかし現実は私にそのような生活を許容する状況にはございません。



このところ、不注意や思い込みによるミス・失敗が続き
仕事が思うようにはかどっておりません。
なんでこんなことに気づかなかったんだ
どうしてもっときちんと確認しておかなかったんだと
ほぞを噛むことしきりでございます。



どこか遠いところへ旅に出たいような気分でございます。
現実逃避をしたがるヘタレの厨房丸出しでございますが
やらなければならないことや考えなければならないことは山積みで
カネとヒマは、からっきしでございます。
遠かろうと近場であろうと、そもそも旅に出ること自体ができません。



もうじき紅葉の季節でございますが、今年の秋も
紅葉狩りのような風情の有る行楽とは無縁のようでございます.....






デキるビジネスマン




お目汚し、失礼いたします。



昨夜、夢を見ました。
和式トイレの下から、手が出てくる夢でございますが
怖いという気はいたしませんでした。
手は人間の手で、その人は探検家か動物学者。
驚かせて申し訳ない。珍種の動物を見つけたので
今まさに捕まえようとしていたところだと弁解しておりました。



そこで目が覚めまして、案の定、尿意を催しております。
トイレに行かなければならないのでございますが
自分がなぜそのような夢を見たのか興味深くなり
いろいろと考えてみようとしたのですが
尿意が激しかったのでトイレを優先いたしました。
そして用を足してしまうと、何やら夢に対する興味は薄れ
どうでも良くなってしまった次第。



日常生活において、何かブログのネタになるようなことはないかと
常に注意力のアンテナを張り巡らせておりますが
なかなか「 これぞ!」といったことはひっかかってまいりません。
ところがそのようなことを意識していない時に限って
「 これは!」ということにぶち当たるのでございます。
しかもそういう時に限って
別の用事で忙しかったり、手元に何かメモを取るものが無かったりして
結局、さっきひらめいたのは何だったっけ?
ということになってしまうのでございます。



プロのブロガーともなれば、そういったことを防ぐべく
何らかの対策を講じていることでございましょう。
常にメモ帳やボイスレコーダーを携行し、何かひらめいたら
即座に書いたり吹き込んだりしているのではないかと存じます。
そしてプロのブロガーに限らず、何か仕事を持っているかた
特に所謂「 デキるビジネスマン 」なるものは
このようなアイテムを常に携えて臨戦態勢にあるのでございます。



そういったデキるビジネスマンは
何か興味を引かれることがあって
それが自分の取り組んでいる仕事に関係があるのならば
私のように尿意が激しいからといって
トイレを優先してしまうというようなことはしないものでございます。
メモ帳やボイスレコーダー以外に消臭剤をも携行し
オムツを着用して仕事に臨んでいるのではないでしょうか。
デキるビジネスマンにはオムツが似合うのでございます.....






臆病風邪




お目汚し、失礼いたします。



臆病というのは人間が自らの身を守るために必要な
防御システムでございますが、このシステムが硬直化してしまうと
自己免疫疾患を患うことになります。
これを「 臆病風邪 」と申しますが、これを患いますと
チャンスを逃す、問題の解決を先送りにして問題をさらにこじらせる
何事に対しても億劫になり、ひきこもる。人間嫌いになるといった症状を呈します。
その他にもいろいろと症状はございますが
ともあれ、臆病が自己免疫疾患になってしまうと厄介でございます。



かといって人間から臆病という免疫機構を奪ってしまえば
人間はキチガイもしくはターミネーターと化してしまいましょう。
自己免疫疾患と化したこのシステムを正常に戻すには
どうすればいいのでございましょうか。
特に、私のような慢性の臆病風邪をひいている人間にとっては
その方法をどうしても知りたいものでございます。



連合赤軍が引き起こした浅間山荘事件を映画化し
先ごろ交通事故で亡くなった某映画監督は
この映画に「 勇気 」の欠如が破滅をもたらすというメッセージを
込めるつもりだったようですが
警官を殺す映画を作りたいからと映画監督になった人間が
「 勇気 」などという言葉を口にしても
それは「 蛮勇 」という意味にしか聞こえません。
しかし今の日本社会に巣食っている様々な問題の原因の一端が
「 臆病風邪 」にあるのではないかと喝破したようなこの監督の主張には
うなづきたくなる部分もございます。



風邪をひいた時には薬を服用いたしますが
それは所詮、対症療法に過ぎません。
風邪をひいたときに必要なのは
体を温める。栄養のある消化の良いものを摂取する。
そしてたっぷりと睡眠をとることでございます。
しかしながら今の日本社会に
それらの諸条件がバランスよく整っているかといえば
残念ながらはなはだ疑問であるといわざるを得ません.....






素直になれない




お目汚し、失礼いたします。



イヤよイヤよも好きのうちなどと申しますが
好きならスキとはっきり言えばよろしゅうございましょう。
イヤならイヤとはっきり断ればよろしゅうございましょう。

「 ぼくは君のことが好きだ!」
「 あたしもあなたのことがスキ!」
「 よし! 今からヤルぞ!」
「 ダメ! さよなら!」
「 くそ! 夕日のバカヤロー!」

という具合にトントン拍子に事が進むに越したことは無いのでございます。



人間というのは理屈で割り切れないものであり
その思考や情念は理論的に単純化して説明することができないものでございます。
それゆえ、人間というものを一元的に理解するのは不可能だということになり
素直に喜ぶべきところで喜ばない
素直に謝るべき場面で謝らないといった人間に対して
一方的な非難をするのはよくないという理屈が成り立つわけでございますが
それも程度の問題でございましょう。



歌の文句に「 素直になれない 」といったフレーズがよく出てまいります。
そして恋人や親に対して素直になれないといった相談事が
ラジオから流れてくることがございます。
ミュージシャンやタレント、パーソナリティが
その相談事の手紙やメールを読みながらウンウンと相槌を打ったりして
もっともらしいことをほざいているのを聞くと虫唾が走ります。
そうやって素直でないことは人間として当たり前だというような
モラトリアム的な雰囲気を社会的に醸成しようとする動きを見るたびに
激しい苛立たしさを感じずにはいられません。



「 素直になれない 」というのは
いかにも人間らしい行動パターンでございましょうが
私個人としてはあまり好きな言葉ではございません。
今の世の中に蔓延っている「 私情原理主義 」や「 自分本位制 」と
同じニオイがするからでございます.....






キャパシティ・オーバー




お目汚し、失礼いたします。



先日、大きな仕事の受注の話がございました。
いつもの売り上げよりゼロが一つ多く付くような仕事でございます。
しかし残念ながらその話、降りさせていただきました。



理由はキャパシティ・オーバーでございます。
この仕事をお請けする上での資金的な余裕、設備、人的資源、技術力などが
私の店には決定的に欠けておるのでございます。
私がお請けできる仕事の上限は、売り上げ金額で言えば大卒社員の初任給程度。
実になさけない体たらくでございます。



以前にも大きな仕事の話が舞い込んできたことがございました。
数年前の話で詳細は申せませんが
本来なら大手のゼネコンかデベロッパーが請けるような仕事でございました。
現場調査の段階までそのことを知らされておりませんで
仕事の内容を聞かされたときは驚くというよりも、むしろ恐怖を感じました。
そしてそのとき私の頭の中に浮かんだのは
ネットで見かけたあるアダルトビデオのパッケージ写真でございました。



若いAV女優が水筒のような太っといイチモツを頬張って
カッと白目を剥いている写真でございます。
まるで頭蓋骨を突き抜けてしまいそうなほど巨大なイチモツを
パカッと開いた口に突っ込まれたその女性は、即死状態のように見えました。
そのあまりに惨く、しかも超現実的でアンバランスな光景に
私は呆然としたものでございます。



私のそのときの気分は、ちょうどその写真のような状態でございました。
私の手には余るということをお客様に申し上げましたが
なかなかわかってもらえません。買いかぶりもいいところでございます。
かくなるうえは自分の今の気分を率直に表現しようと思い
あのパッケージ写真のようにカッと白目を剥いてみせようとしましたが
白目を剥くのは小学生の頃に座頭市の物まねをして以来やったことがございませんで
うまくできるかどうか自信が無く、またそのようなことをいたしますれば
ひょっとしたら今後の仕事の差しさわりになるかもしれないと案じましたので、止しました。
そしてなんとかわかっていただこうと言葉を尽くして説明を繰り返し
ようやく御理解いただいたのでございます。



今回は白目を剥くほどではなく、せいぜいむせる程度でございましたが
やはりキャパシティ・オーバーであることに違いはありませんでした。
もしその点、御理解いただけないようだったならば、自分の気分を率直に表現するべく
せめて咳き込むぐらいはやってみようかと思った次第でございます.....







セックスよ永遠に




お目汚し、失礼いたします。



今年も年末年始にかけて
映画の超大作が続々と公開されるようでございます。
最近の私、映画といえばビデオでしか見なくなってしまいまして
毎年ゴールデンウイークや夏休み、年末年始などにおこなわれる
映画がらみのお祭り騒ぎにはさして興味がございません。



映画館の大スクリーンで見ると
多少の凡作や駄作でも妙に興奮してしまって
面白く感じてしまうのですが
レンタルビデオを利用して自宅のテレビやPCで視聴いたしますと
そういった興奮もございませんので
好きな作品・面白い作品というものになかなか出会えません。
それにもともと気まぐれで飽きっぽい私
当時はお気に入りだった作品が
数年後に見ると大して面白くないということもございます。



もっとも、逆に当時は面白くなかった作品があとで見ると
意外とイイということもございます。
また、テレビで映画作品がオンエアされたときなどは
最初は面白いとも思わず、ただなんとなく見ていたはずが
やがてその作品の中に引き込まれて
最後まで見てしまうということもございます。



私が中学生の頃でしたが
「 赤ちゃんよ永遠に 」( 原題 『 ZERO POPULATION GROWTH 』 )
というアメリカ・イギリス合作のSF映画が
たまたまお茶の間のテレビで流れておりました。
人口抑制策をとる近未来の世界が舞台の作品でございまして
子供を出産することが禁止された社会で
法を犯して子供を作ってしまう夫婦が主役の映画でございます。



当時の私は結婚とか出産といったことは
まだまだ先のことで実感が無く、また今とは正反対に
赤ん坊や幼い子供が嫌いだったのでございますが
作品全体に流れる終末観的な雰囲気と
随所に見られるシニカルな情景描写からなぜか目が離せず
子供を作ったことによって死刑を宣告された夫婦とその子供が
この先どうなってしまうのかが気になり
ずるずると最後まで見てしまったのでございます。



特に印象に残っているシーンは、幼児の姿をしたロボットを
女性が狂ったように叩き壊すシーンでございました。
物語の終盤に出てくるスローモーションのシーンなのですが
それは生きた人間の子を宿し、生み、抱き、慈しみ、育てることができない女性の
苛立たしさと悔しさと絶望感が大爆発しているような
鬼気迫る光景でございました。



子供を作ることが禁止されたその世界では
代替行為として子供そっくりのロボットを購入して
可愛がることが許されており
そういう理由で映画の中に幼児のロボットが登場するのでございますが
まるでブリキのオモチャのようにしか見えません。
映画の中でそのロボットは、どちらかといえば
ネガティブな存在として描かれていたようでございますが
これが本物そっくりのものだったならば
この映画の印象はまた変わっていたかもしれません。



ブリキのオモチャのようだったからこそ
終末観的な世界を描出した
わかりやすい社会派作品になったのでございまして
そうでなければ、そのロボットの方に焦点を当てた
思索的・哲学的なカルト映画になっていたでしょう。
SFXやVFXが高度に発達した現代でリメイクをすれば
そういう難解なカルト映画になる可能性は大でございます。
そして極めて退屈な映画になってしまうに違いありません。
技術的な水準が必ずしも映画作品を面白いものに仕上げるとは
限らないのでございます。



リメイクをするならいっそ、出産より以前に
人間同士のセックスそのものを禁止する世界という設定にした方が
よろしゅうございましょう。
そうなれば当然、映画の中に登場する代替行為用のロボットも幼児ではなく
巨根を有するテクニシャンのイケメンだとか
名器を備えたヤリマンのオネーチャンということになりましょう。
あるいは、カスタマイズすることによって
バリエーションに富んだ様々なプレイのできるものが登場するかもしれません。



何しろSFXやVFXが高度に発達した現代でリメイクをするのでございます。
少なくとも、空気を入れて膨らませる人形を使うような
子供だましのあざとい演出はしないはずでございましょう。
オリジナルの作品をもう一度見てみたいのはもちろんでございますが
こういう設定で作られたリメイク作品なら、ぜひ見てみたいものでございます.....







過大評価




お目汚し、失礼いたします。



付きまといに命を狙われて亡くなった女性の記事を
先日、新聞の夕刊にて読んでおりました。
この女性、付きまとい行為を繰り返す男を逮捕してくれと
何度も警察に頼んでいたものの逮捕には至らず
非常に理不尽な思いをしていたようでございます。
聞くところによれば、メールを使った相手方の脅迫行為が
ストーカー規正法による立件対象にならないために
警察は逮捕に踏み切れなかったらしく、もし逮捕に至っていれば
あるいは被害者の女性は助かっていたかもしれません。



また記事は、被害者の女性の相談相手となっていたカウンセラーの言葉を借りて
彼女が人間的にしっかりしていたので、彼女なら大丈夫だという
警察の油断があったのではないかと結んでおりました。
……あいつならうまくやるにちがいない。彼女ならなんとかするだろう。
あの人に任せておけば安心だ。彼なら心配ない……
そういった思い込みや買いかぶりは、時として不幸な結果をもたらします。



この新聞記事から我々が学ぶべきものは、過大評価することの危険性でございます。
信頼できて頼りがいがあるシステムだとか、鋼のように強い人間だとか
それは外から見ただけの話であり、また想定外の事態が起きれば
おのずと状況は異なってまいりましょう。
海沿いに原発を建てておいて津波の被害を想定外だと申すことはともかく
世の中、思いもよらぬことが起きるものでございます。
とはいえ、亡くなられた女性はもちろん、われわれ一般市民は
何かあったら警察しか頼りになるものはないのでございます。
その思いを過大評価といわれたら
我々は安心して日々の生活を営むことができません。



少なくとも、一人の人間に対して、どれもこれも任せっきりにしたり
何もかも押し付けたりするのはやめるべきでございましょう。
そして現にそうなっている人間が身近にいるのなら声をかけ
自分がそういう状態ならば、声を出すことが必要なのでございます.....






パイのゆくえ




お目汚し、失礼いたします。



昨日テレビのニュースバラエティ番組を見ておりますと
「 パイを増やす 」という言葉をお笑いタレントが使っておりました。
経済や政治の話をしているときに
ときどきパイを増やすという言葉が出てまいりますが
私、なんとなく分かってはいたものの
イマイチこの言葉の意味を正確に把握しておりませんでした。



オッパイは揉めば大きくなりますが、食べ物のパイを増やすというのは
具体的に何をたとえているのでございましょう。
ググってみたところ、限られた資源や財産を増やすことを指しているようでございます。
これに対して「 パイを分ける 」という言葉があり
これは限られた資源や財産を平等に、あるいは有意義に配分する
ということのようでございます。



そういった意味合いを踏まえて申しますならば
国を発展させたり国難を乗り切ったりするためには
パイを分けるのではなくパイを増やすことが肝要でございましょう。
そのためには若い力が必要なのでございますが
円周率のパイを「 3 」と教えられて育った若い世代に
果たしてパイを増やすことができるのか
その可能性は未知数でございます。



そして日本の政界に力強い人材が不足している昨今
新党乱立、離合集散、解党合流といった動きが華々しいようでございますが
傍から見ておりますとパイを増やしているのではなく
パイを分け合っているような気がしてなりません.....






社長と呼ばれて




お目汚し、失礼いたします。



私のように、ちっぽけな店を細々と営んでいても
独立して自営業者となると「 社長 」と呼ばれる場合がございます。
相手に対してそういった呼び方をすることはあっても
自分がそういった呼び方をされることに慣れておりませんので
「 社長 」と呼ばれると背筋がシャキッとなるのと同時に
イチモツの裏筋がくすぐったくなりまする。



かといって何の呼称も無く、名前でさえも呼んでもらえない場合
特に「 おい 」だとか「 おまえ 」とか呼ばれるとつらいものがございますし
名前で呼ばれる場合も、呼び捨てというのは惨めな気分になるものでございます。



40代半ばの頃、まだ雇われの身だったときに
そういった「 おい 」呼ばわりとか「 おまえ 」扱いを受けたことがございまして
そのときはつらぅございました。
京都の山科での現場仕事でございましたが
お得意様サイドの人間で、眼鏡をかけてネクタイを締めたスーツ姿の男に
そういう呼び方をされ、非常に不愉快な思いをいたしました。
歳は私と同年代のようだったのですが、馴れ馴れしく接していたというよりかは
「 なめている 」「 小馬鹿にしている 」という感じでございました。



私より年下でも年上でもどんなに嫌なタイプの人間でも
初対面でそういった接し方をする人間は
その男以外、後にも先にもおりませんでした。
親請けだからとか元請けだからとかいう意識が働いていたのかもしれませんが
実に失礼な人間でございます。



社長と呼ばれるようになった今
何かの偶然でその男に会ったらどうしてくれましょうか。
きっと私はその場でズボンを脱ぎ
自分の尻の穴に指を突っ込んで
血が出るまで禿げしく掻き回すでしょう。
そして血の付いた指をそいつに向かってヌッと突き出し
こう言ってやることにいたしましょう。
「 なめるなよ。俺は今、初潮なんだ 」と.....