空中ホームレス




お目汚し、失礼いたします。



仕事中に車で高架下の道路を走ることがございますが
コンクリートや鋼鉄でできた巨大な高架橋の下を走っていると
なぜか重苦しくて陰鬱な気分になってしまいます。
高架下の道路というのは、陽射しが少なくてなにやら薄暗く
生活感や賑やかさが無くて侘しげなもの。
休日にドライブへ行ったり繁華街へ出かけたりしたときなどは
なんとも思わないのですが、仕事中に高架下へ行くと
なぜか胸が押し潰されるような思いに囚われるのでございます。



先日も、高架下の信号の手前で停車し
信号が青に変わるのを待っておりましたら
やはり憂鬱な気分になってしまいました。
そのとき何気なく、その高架橋を見上げたのでございますが
大型タンカーを連想させるような巨大な梁や桁を見ておりましたら
ふと、あの鋼鉄製の梁や桁の上に住むことはできないだろうかと思ったのでございます。
テントを張るのは無理にしても
ホームレスのかたが棲家としているようなダンボールハウスなら
置くことが可能ではないか。そんな気がいたしました。



やがて信号が青に変わり、わたしは車を発車させましたが
頭の中には、高架橋の梁や桁の上にダンボールハウスを置いて寝泊りする
自分の姿が浮かんでおりました。
もちろん実際に生活するとなると
いろいろと不便なことや不可能なことがございましょう。
しかし巨大な柱で支えられ、頑丈な梁と桁で構成された高架道路で
誰にも気兼ねすることなく、下界を見下ろしながら日々暮らすことができれば
どんなにイイだろう……
そんなことを考えていると、いつもの陰鬱な気分は吹き飛んでしまいました。



単なる妄想でございます。
そもそも高所恐怖症の私に、そんな生活ができるなどとは到底思えませんが
もし仮にそのような生活が可能だとしたら
あの馬鹿でかい梁や桁の上に立ち
下界に向かっておもいっきり用を足してみると
さぞかし爽快な気分ではないかと存じます.....






某国営放送に捧ぐ




お目汚し、失礼いたします。



昨日、なんとはなしに某国営放送制作のテレビドラマを見ておりました。
俗に言う倒叙型ミステリーというやつで
刑事コロンボの日本版とでもいったようなドラマでございます。
特に見たいと思って見ていたわけではないのですが
終盤で犯人が自分の息子の描いた絵を見て自白する場面に
「 おっ 」という感じでちょっとばかし刮目してしまいました。



ネタバレになるので詳細は申しませんが
いわゆる「 騙し絵 」というものを使ったどんでん返しでございます。
目の肥えたテレビ・フリークのかたからは
「 この程度で刮目ぅ~? はぁ?」と鼻で笑われそうですが
最近テレビから遠ざかっておりましたゆえ
たまたまそのとき見たドラマのおもしろさに思わず感心してしまった次第。
視聴者のテレビ離れが著しい昨今ではございますが
テレビもエンタテインメント方面のコンテンツについては
まだまだ捨てたものではないのかもしれません。



このドラマを流していた某国営放送は
毎年年末に大きな歌番組の放送をいたしますが
この歌番組、やれマンネリだ、ほれつまらない、それ受信料を返せ
と叩かれながらも、恒例行事として定着いたしております。
思い切って打ち切りにしようという動きが出ないのは
親方日の丸という意識があるせいかもしれませんが
親方日の丸だからこそ、無駄な経費は省くべく打ち切りという動きも
出てくるはずでございます。それが何もないということは
やはりこの歌番組、実質的に多くの国民の間に親しみやなじみがあって
幅広い層の国民に受け入れられているのかもしれません。



国営放送ゆえ、何かと制約が多いことでございましょう。
そんな中でおもしろい番組を作るのは至難の業ではないでしょうか。
私の感覚が古臭いのかもしれませんが、そういった制約の中で作ったドラマとしては
昨日のドラマは比較的おもしろい方でございました。
国営放送の、少なくともエンタテインメント関係の制作部門のかたがたは
それなりにがんばっていらっしゃるような気がいたします。
何やら例の歌番組についても、久しぶりに「 通し 」で見てみようかな
という気になりました。



まぁそうは申しましても私、大晦日になれば結局
「 松本ぉ~ ぁぅとぉ~ 」という声とともに
いい年こいたオッサンたちがケツを思いっきりひっぱたかれている番組を
見ることになりましょうが.....






眠たいゾンビ




お目汚し、失礼いたします。



面倒な仕事が一件片付きました。
面倒な上に納期が短いのでここ数日、徹夜続きでございました。
ろくに寝ておりません。



当初この仕事の話を聞かせていただいたときは
断ろうかなと思いました。
しかし大げさな言い方をすれば、幅広い年代層の人間に
夢や癒しを与える業界に関わる仕事でございましたゆえ
一念発起いたしまして、キツイ仕事になるのを承知で引き受けた次第。
また仕事を下さったお客様には、以前からお世話になっており
その義理もございました。



それにしても徹夜というのはツライものでございます。
頭がボーっとして体は冷え、動きは鈍くなって喋るのも億劫
自分はゾンビになったのではないかという気分を味わいました。
鏡を見ると顔色は冴えず
無精ひげが苔のように顔にへばりついております。
食欲は無く、お腹はゆるくて下痢っぽく
さながら「 ゾンビがグルリと腹くだし~」というところ。
いっそのこと、ゾンビになりきれば体調も良くなるのではないかと思い
深夜、鏡の前で両手を伸ばし
ヨロヨロと体を左右に動かしながら歩いてみたのですが
ゾンビというよりかは、さながら大昔のホラー映画に出てきた
フランケンシュタインでございます。



ときおり、本当に納期に間に合うだろうかと不安になり
パニックを起こしそうになったりもいたしました。
慎重に慎重を期して作業を進めましたので
ミスを犯すことはございませんでしたが
未踏の領域に踏み込んでしまって
どうすればよいか迷うこともしばしばでございました。
しかし、自分が今までに培ったり得たりした
ノウハウや知恵や経験を総動員いたしまして
どうにかこうにか仕事を完遂することができました。



まぁ一人語りはこのぐらいにして
これからブログの更新を始めようかと存じますが
脳がゾンビのままでキーボードを打ち始めると
何を書き出すかわかりませんゆえ
今日のところは、とりあえず眠ることにいたします。
あしからず御了承くださいまし.....z z z z z







変人がサンタクロース




お目汚し、失礼いたします。



私が営んでいる店では、お客様に提供する商品やサービスの一部を
五、六軒の仕入先から購入しております。
各仕入先には担当者がおりまして、ときどき営業活動の一環として
いわゆる「 御機嫌伺い 」にやって来るのでございますが
正直、私の店の仕入れ額など競合他店と比べると微々たるものですし
私のような変人の相手をするのは気疲れするのかもしれません。
各仕入先の担当者が私の店にやって来るのは
月に一回がいいところでございます。



むしろあまり来てもらわない方がこちらとしても気が楽でございまして
たまに「 ごめんやす 」とおいでになると、かえってプレッシャーとなり
余計な気を遣わねばなりません。
そして仕入れるものがあればまだしも、何も無いときは
何か景気のいい話でもしなければと思うのでございますが
それさえもございません。



そうなると、適当にその場を盛り上げるような話をして
お茶を濁そうと思うのでございますが
私、ネットはもちろんのこと、リアル社会でも
大して面白い話ができるわけではございません。
ともあれ、それでも仕入先担当者を面白がらせるような話をしようと
必死でネタを探し、ドラマティックに脚色して
一所懸命話すわけでございます。



さして面白くない話でも
最初のうち相手はお義理で笑ってくださいますが
やがて飽きてきて

( は? それだけ?)
( 何だ、つまんねーの )
( 他になんか無いの?)

といった目付きになってまいります。
しかし当方にはそれが本当にそういう目付きなのか
それともたまたまそう見えただけなのかが
イマイチ判然といたしません。
しかし最近、相手が退屈しているということを知る
決定的なメルクマールを見つけるに及びました。



どの担当者も、話が始まってからある程度時間がたつと
一瞬、鼻が赤くなります。
これは間違いなく、あくびを噛み殺していることの表れでございましょう。
つまり、口や鼻が大きく広がってあくびが出るのを防ぐために
鼻に不自然な力が加わって充血しているのでございます。
この事に気付いて以降、私は担当者の鼻が赤くなると
ここらが潮時だなと考え、話を切り上げるようにいたしました。



もうじきクリスマスシーズンと相成りますが
「 赤鼻のトナカイ 」というクリスマスソングがございます。
トナカイの鼻が赤いのは寒さや花粉症のせいではなく
サンタクロースのお供をすることに
退屈しているからかもしれません.....






柴犬から人間へ




お目汚し、失礼いたします。



数日前のことでございます。
若い母親がようやく一歳になるかならないかというぐらいの赤ちゃんを
ベビーカーに乗せて歩いておりました。
車に乗って信号待ちをしていた私は
歩道にいたその親子の姿を見るとはなしに見ておりました。



交差する車道を大きなトレーラートラックが横切っていきましたが
それを見てベビーカーの赤ちゃんが突然、立ち上がるようにして身を乗り出し
ロックコンサートの聴衆がやるように拳を振り上げ
その拳を振り始めたのでございます。
トレーラートラックの方に目を向けて口を大きく開き
何やら大喜びのようでございました。



男の子なのでしょうか。よほど車が好きなのでございましょう。
テレビCMで、赤ちゃんや幼い子供が
大人顔負けのダンスを披露するシーンを見ることがございますが
あの手の映像は何らかの映像技術によって作り出された人工的なものでございます。
私が見たのは何のトリックも仕掛けも無い
赤ん坊の素のままの動きでございました。



可愛いものでございます。
以前、私は生き物の中で一番可愛いのは柴犬だという確固たる信念がございましたが
今は人間の子供が一番可愛く思えまする。
ただ、人間の子供というのはいずれ成長して自我が目覚め
いろんな世間の垢にまみれて汚れてしまうものでございます。
車好きの可愛い赤ちゃんも、車好きの珍走団員になることがありましょう。
そして騒音を撒き散らして暴れまわる珍走団員も
かつてはこのような可愛らしい赤ちゃんだったのでございます。



私が大嫌いな言葉に「 罪を憎んで人を憎まず 」というものがありますが
幼い子供のこういう無邪気な姿を目にすると
ふと宗旨替えをしてみたくなるものでございます.....






面倒見の悪い男




お目汚し、失礼いたします。



キタ朝鮮がまたぞろミサイルの実験をおこなっております。
幸い人的・物的に何も被害が無かったようでございますが
この国の傍若無人ぶりには今更ながらに腹立たしい思いがいたします。



わが国政府の発表によれば、ミサイルは一段目が韓国の近海
二段目は黄海に、三段目は沖縄上空を越えて
フィリピンの東の太平洋上に落下したとのこと。
沖縄県民はただでさえオスプレイが墜落しないかどうかで
ナーバスになっているというのに
それを逆撫でするかのごとき暴挙でございます。



死んだ金正日の息子、金正恩による統治体制の磐石さを確保するために
内政の引き締めを狙ってミサイル打ち上げをおこなったとのことですが
国民はミサイルよりも食料や医薬品を始めとする
生活物資の配給を望んでいるはずでございましょう。
そもそもこの金正恩なる男、指導者の器でございますかぁ。
民間機を爆破したり人攫いをやったり偽札を刷ったり麻薬の密輸に関わったりというのが
指導者の条件だとは申しませんが、私が各メディアを通して見たこの男のイメージは
「 木偶の坊 」でございます。



そもそもこの男、空気が読めません。
以前、ニュース映像などでこの男が元歌手の女性と連れ立って
視察に出かけている様子が流れておりました。
この女性は彼の妻だとのことですが
これをテレビを通して見たキタ朝鮮の国民、特に独身男性はどう思ったことでしょう。
上機嫌で美人の妻とともに現地視察をおこなう彼の姿は
「 どうだ、おまいら。こいつが俺の肉便器だ。
 うらやましいだろう。すごいだろう。ワイルドだろ~?」
と申しているようにしか見えますまい。
腹をすかせているばかりか、右手もしくは左手しか恋人がいない
自国の毒男たちのことを思いやるなら
あのように自分の妻を大っぴらに見せ付けるようなことはしないはずでございます。



大勢で一斉におこなうパフォーマンスをマスゲームと申し
特にキタ朝鮮がおこなうアリラン祭が有名でございますが
自国の指導者が妻を同行させて性夢…いや政務をおこなっているニュース映像を見て
大勢の男たちがマスカキゲームに励んだことは想像に難くありません。
人工衛星などと偽って軍事用のミサイルを打ち上げる暇があったら
彼らの股間のミサイルの面倒を見てやるべきでございましょう.....










飾り窓




お目汚し、失礼いたします。



数日前の寒い午後でございました。
車を運転中、私のスマホへお客様からの連絡が入ってまいりました。
たまたますぐ近くにあったスーパーマーケットの駐車場に車を停め
通話を始めたのでございますが、込み入った複雑な話が続きまして
通話を切った後はドッと疲れが出てしまい
とりあえずその駐車場で一休みすることにいたしました。



スーパーマーケットの入り口近くにあった自販機でホットの缶コーヒーを買い
車の中に戻ると外の景色を眺めながら一息に飲み干しました。
駐車場はスーパーマーケットの正面玄関と向かい合うようになっており
その左右にはガラス張りの壁が広がっております。
その壁に沿って、会計を終えた品物を客が袋詰めするための
「 サッカー台 」と呼ばれるテーブルが並んでおり
主婦がスーパーの支給したビニール袋や自ら持参した買い物袋などに
野菜や牛乳、肉・魚などの食材を詰め込んでおりました。



昼の2時ごろでしたが、サッカー台では比較的多くの主婦が
袋詰め作業に勤しんでおりました。
ガラス壁の向こうには、セレブ風や水商売風、フツーの奥さん風など
様々なオバサンがおりましたが、それを見ているうちに
何やらアムステルダムの飾り窓を眺めているような変な気分になってまいりました。



それぞれどんな体位やプレイがお望みだろうか。
どんな声を出し、どんな匂いがするのだろうか。
十人十色のオバサンたちを、より取り見取り、つかみ取り。
はしゃぐあなたはアホウドリ。ソレ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃ~い♪……
などと車の中でワケの分からない即興の鼻歌を歌い
不埒な妄想に股間を膨らませておったのでございますが
やがて仕事中だということを思い出し
車のエンジンをかけると私はスーパーの駐車場をあとにしました。



最近は年のせいか若いオネーチャンには興味が湧きません。
そして異常なシチュエーションでの過激なHよりも
ごく日常的な風景の中に、さりげなく入り込んでくるエロスに心打ち震える今日この頃。
若い頃のエネルギーなどもはや望むべくも無い一方で
生活感あふれるリアルな日常に性のときめきを感じるあたり
自分が色ボケ爺への道を確実に転がり落ちているような気がいたします.....







オレオレ神




お目汚し、失礼いたします。



2012年12月21日は人類が滅亡する日だったとのことですが、何も起きておりません。
2012年12月21日といえば、ごとばらいの翌日でございまして
私の店では12月20日〆の請求書を作成する日なのでございますが
なぜこの日が人類滅亡の日かと申しますと
南米において栄えたマヤ文明の暦に基づいているとのこと。
マヤ文明の暦が今月21日で終了するようになっており
それに関する玉石混交さまざまな学者の研究発表がネットで開陳されているうちに
人類滅亡の日はこの日だという世界的な警鐘と化してしまったようでございます。



この警鐘によって世界各地で大小さまざまな騒動が巻き起こりました。
NASA( 米国航空宇宙局 )は人類滅亡説を否定する公式見解を発表し
中国では避難用の居住カプセルのようなものが馬鹿売れ。
UFOに乗って地球から脱出できると噂されてフランスの小村に人が集まり
日本では「 名古屋に行けば助かる 」とのこと。



ともあれそのような大騒ぎをよそに、12月21日は何事も無く過ぎ去りました。
12月23日が滅亡の期限なのでそれまでは油断できないとか
暦に計算ミスがあって本当の滅亡の日は2015年9月3日だとか申す
人類滅亡論信者もいるようでございますが
いずれ騒ぎも落ち着くのではないかと存じます。
しかし騒動が治まってホッとしてばかりもいられません。
未練がましくこの滅亡説にしがみ付く人々とは別に
新たな厄介者が出現する可能性があるからでございます。



それは自称「 神 」の出現でございます。
人類滅亡という大カタストロフィに至らなかったのは
自分が超絶的サイキックパワーでその到来を阻止したからだとか
マヤ暦を作った究極の存在が自分の中に宿っていて
私はその意思に逆らって暦を再起動させたとか
自らを神や救世主と称する連中がワンサカ現れるのではないでしょうか。



そして中にはそういったスピリチュアルなものに傾倒する人々をたぶらかし
カルト教団の教祖となってお布施を集めるという不埒な輩も現れましょう。
有りもしない危機をネタにして有りもしない救済をおこなったとホラを吹き
「 俺だよ。人類の危機を救ったのは俺なんだよ 」と言いながらカネを騙し取る
オレオレ神の横行でございます.....






消えた浮標




お目汚し、失礼いたします。



JR大阪駅の近く、御堂筋沿いに有ったA宝石店は
私にとって思い入れのある店でございました。
店舗は、ギリシアの神殿を思わせるような
エキゾチックで風格のある造りでございまして
夜にはその神殿の柱の部分に照明が灯る美しい建物でございます。
ショーウインドウには穏やかで気品のある宝石たちが
麗しい光を湛えておりました。



若い頃、この宝石店がある界隈やその周辺には
週末の会社帰りにときどき一人でぶらついたものでございます。
JR大阪駅ビル内の丼屋や近くの商店街の中にあるラーメン屋で食事を済ませ
映画やゲーセン、パチンコに行くのがお決まりのコースでございました。



A宝石店の前を通りがかるたびに、なぜか私はその店の姿に惹きつけられ
婚約者に指輪をプレゼントするならこの店だと決めておりました。
しかし結局その思いが遂げられぬまま、この宝石店は閉店してしまったのでございます。
先日、その宝石店の前を車で通りかかったとき、そのことを知りました。
最近、その界隈からは足が遠のいていたため
もう閉店してからかなりの日数が経っていたようでございまして
何やらさびしい限りでございます。



思えば週末に夜の街を一人で彷徨しながらも
そこに揺らめく毒々しい夜光虫に手を出して身を持ち崩すようなことが無かったのは
いつもこの宝石店が私をつなぎとめる「 ブイ 」すなわち浮標の役目を
果たしてくれたからだったような気がいたします。
でなければ今頃私は、勘違いをして手当たり次第に遊び回り
調子に乗って夜の街でブイブイ言わせているうちに
ある日突然、大阪湾の藻屑と化してしまっていたでしょう。



かつて私をつなぎとめていたあのブイはもはや存在いたしません。
そしてあの宝石店の前を通るたびに胸を高鳴らせながら夢見ていた頃から
もうすでに30年近くの歳月が過ぎ去り、私もそれなりに年をとってしまいました。
夜の海に浮かんでいたブイは沈み、今私の前に広がっているのは黒々とした海面ばかり。
今はただ月の無い暗い砂浜で、夜光虫もいない海が奏でるさざ波の音に耳を澄ませながら
自らが砂と化すのを静かに待つばかりなのでございます.....






ゴッチャ・リアリティ




お目汚し、失礼いたします。



3日前、仕事先から自分の店に戻る途中で
乾電池を買わなければならないということを思い出し
行き付けのホームセンターに寄りました。
運転していた車をホームセンターの駐車場に停め
店の中に入ったまではよかったのでございますが
はて、何に使う電池なのかが思い出せません。
単1や単2といった電池のサイズさえも思い出せず
懐中電灯に入れるものなのか目覚まし時計用なのか
それともガス給湯器の点火装置に使うものだったのか
まったくわからないのでございます。



師走も残り少なくなり
このところ毎日あたふたと忙しい日々が続いていたせいでしょうか。
乾電池が必要なのはわかっているのでございますが
何のために使う電池なのかを忘れてしまったようでございます。
ホームセンターの店内をいたずらにグルグルと歩き回りながら
懸命に思い出そうといたしましたが、結局、無駄な努力に終わりました。



それから自分の店に戻り、残っていた仕事を片付けて
自宅へ帰宅した私、すっかり疲れ果てておりました。
早めに食事と入浴を済ませるとPCに向かい
ぼんやりとネットサーフィンをしているうちに
やがて行き付けのゲームサイトを訪問いたしまして
そこでいわゆる「 脱出ゲーム 」なるものをプレイし始めたのでございます。
そしてゲームをやり始めたとたんに思わずアッ━━!と叫んでしまいました。



ちょうどそのときプレイ中だった脱出ゲームにおいて
テレビのリモコンの中に入れる乾電池が見つからず難儀していたのでございます。
テレビのリモコンに電池を入れ、リモコンでテレビの電源をONにすると
テレビ画面に何らかのヒントやメッセージが現れて
ゲームを先に進めることができるのでございます。



その脱出ゲームは、これまでに何回かチャレンジしていたのでございますが
電池というアイテムを見つけることができなかったため
それ以上先へ進めませんでした。
どうやら私の頭の中でリアルとバーチャルがゴッチャになり
その境界線もあいまいになる一方で
電池を手に入れなければならないという意志だけが
鮮明になってしまっていたようでございます。



何やら不思議な思いがいたした次第でございます。
年の瀬のあわただしさには、人間を白日夢へといざなう
魔物が潜んでいるのでございましょうか。
それともバーチャル世界がリアルの世界を侵食した
と言うべきでございましょうか。



まぁ私が単なる厨房だった上にボケていただけなのかもしれませんが......