もの食うあはれな人々




お目汚し、失礼いたします。



少年時代に、父親と喧嘩をしたことがございました。
喧嘩と言っても些細なことで二言三言、言い争った程度でございます。
何か父親に対して腹の立つことがございまして
食事をしている父親に後ろから罵声のようなものを浴びせたのを
記憶しております。
父親も何か言い返し、それっきり喧嘩は終わったのでございますが
あとで何やら後悔とも自責の念とも区別の付かないものが
込み上げてまいりました。
味噌汁を啜りながら言い返していた父親の姿が
なぜか哀れに思えたのでございます。



なぜそんな風に感じたのかはわかりません。
しかしそれ以後私は、食事中の人間が怒られたり
罵られたりするのを見るのが苦痛になってまいりました。



食事とは人間が生命を維持するための必要不可欠な活動であり
食事をしたいというのは人間の基本的な欲求の一つでございます。
そういった意味から食事をする人間は
人間社会のしがらみとは無縁な動物か
あるいはおなかを空かせた無邪気な赤ん坊を連想させてしまい
そんな何の罪も無い動物や頑是無い赤ん坊が
無心に何かを食べている姿に対して
怒ったり罵ったりするのは、かわいそうだという意識が
潜在的に働くせいなのかもしれません。



特に襟元からナプキンをぶら下げて食事をする人間などは
まさによだれかけをした乳幼児そのものでございまして
そういう格好をして両手にナイフとフォークを持った人間が
口汚く罵られていたり、こっぴどく叱られていたりすると
たとえその原因が当人にあるとしても
何やら気の毒に思えてまいります。



こんなことを考えるのは私だけでございましょうか。
それとも、私以外に同じような哀れさを感じるかたがいらっしゃるのでしょうか。






入口と出口




お目汚し、失礼いたします。



最近、シリア内戦の件でニュース映像がテレビで流れるたびに
化学兵器による攻撃を受けた民間人被災者の
むごたらしい映像が映し出されております。
正直なところ私、この映像が流れるたびにテレビのスイッチを切るか
チャンネルを変えるようにしておりますため
具体的にどのような被害状況なのか、はっきりとはわかりません。



特にイヤなのは、被災者の中に幼い子供が含まれていて
暈しがかかってはいるようですが
その子供が泣き叫んだり苦悶したりしているシーンが
流れていることでございます。
先にも申し上げたとおり私、すぐにテレビのスイッチやチャンネルを操作して
映像を見ないようにしておりますゆえ
どのような状態なのか詳細には存じません。



シリア政府は化学兵器使用を否定しており
米英はシリア政府が化学兵器を使用したとみなし
安保理とは無関係な独自の軍事行動も辞さないとの態度を見せ
シリアのバックにいるロシアは
シリアに対する制裁や軍事行動に関して非難しております。
シリア内戦の背景や経過は
いろいろな勢力の思惑や利害や真意が複雑に絡み合っているらしく
このさき情勢がどのように進展するかよくわかりません。
はっきりわかっているのは、戦争とはいえ化学兵器を使用し
前述のテレビ映像のようなひどい状況を現出させる輩は
脳味噌の腐った正真正銘のキチガイだということでございます。



自身のチキンな性格の言い訳をするようではございますが
いったい何がどうなっていて、これからどうなるのか
どうすれば問題が解決するのか
それは毒ガス攻撃を受けて苦しむ幼い子供たちの姿を
何百回見てもわからないでしょう。
最近、島根県の中学校で中沢啓治氏の漫画「 はだしのゲン 」の閲覧を
禁止するかどうかでもめておりました。
頭ごなしに禁止するというのは私、基本的には反対でございますが
しかしあの漫画を読んでさえいれば核兵器を廃絶できるのか
戦争の無い平和な世界が築けるのかといえばそうではございません。



「 はだしのゲン 」も化学兵器の被災者の映像も「 入口 」でございます。
そして最も大切なもの、すなわち目指すべき「 出口 」のありかは
二つとも同じところにあるのでございます.....






知らぬが仏




お目汚し、失礼いたします。




叩いても叩いても湧いてくる蚊のように
ネットに自らの愚行をひけらかす画像をさらし
顰蹙を買う愚か者が後を絶ちません。
何やらUSJで羽目をはずしていた例の大学生の一件以来
その流れは脈々と受け継がれていたようでございまして
コンビニやスーパーなどにある食品の陳列ケースの中に
人間が入った写真がネット上に公開されて騒動になってからというもの
この手の振る舞いは大輪の花を咲かせているような気がいたします。



しかしあえて申し上げますが、食品関係の業界では
このような悪ふざけは今まで露見していなかっただけで
けっこう日常茶飯事だったのではございますまいか。
もちろん、ネットというツールが身近になることが
そういった行為への誘惑を強め
ハードルを低めることになっているのは否めませんが
ネットのコンテンツと現実が同時進行しているというわけではございません。
ネットが日常的なものになる以前から
こういう不届き者は存在していたはずでございます。



完全に自動化された工場ならまだしも
人の手を介して食品を扱う店では
どれだけ清潔さがアピールされていようと
商品や食材がこういった不潔な扱いを受けているリスクは
全くのゼロというわけにはいきますまい。
そういう店で何かを買ったり、何かを食べる場合
ある程度の達観や諦観が必要となってまいります。



かく言う私でございますが
多少、不潔恐怖症のところがございまして
そのためときおり難儀することがあるのですが
そんな私でも外食する場合は「 知らぬが仏 」
というスタンスをつらぬくようにいたしております。
そのため、外食先で不快な思いをしたのは今までに三回しかございません。



最初は、    というファーストフード店で
サイドメニューの食材の中に
ホッコリと茹で上がった    をみつけたこと。
二度目は、   という中華料理店でラーメンの具材に
    が這っていたこと。
三回目は旅先の某喫茶店で、アイスコーヒーに が浮いていたこと。
この三つだけでございます。
いずれの場合も私、口をつけることは一切いたしませんでしたが
かといって、クレームをつけることも一切いたしませんでした。
毒物や異物が入っていたわけではなく
不潔ではございましたが、いわゆる生き物の類でしたので
( まぁ、こういうこともあるさ )と鷹揚に構えていたのでございます。



もっとも「 仏の顔も三度まで 」と申します。
次にどこかでこのようなことがあった場合は
さすがに何か一言モノ申すつもりではございますが.....






詮索不要




お目汚し、失礼いたします。



サングラスをかけたコワモテ風の中年男性と
気の強そうなハーフの女性タレントが並んで映っている映像を
最近、テレビで見かけません。
舞台公演中止にまつわる両者のトラブルが
いっときは芸能ニュースを扱うテレビ番組のコンテンツとして
毎日のようにオンエアされておりましたが
あまたのビッグニュースや衝撃的スキャンダルに流されて
コンテンツとしての価値が下がってしまったのかもしれません。



あるいは水面下で何らかの裏取引がおこなわれ
アグレッシブな両者の闘争は、ギャラリーの知らないところで
あっけなく幕切れとなっている可能性もございます。
現在のところ、両者の争いは「 出るところに出る 」
という話になっているようでございますが
実際には早い段階で、こんな風に
「 カタがついている 」のではございませんかな?



都内某所、シティホテルの一室。
舞台演出家、K氏の待つ部屋にファッションモデルであり
女優でもあるTが、緊張した面持ちで入って来る。
そんなTに対して、ソファに腰掛けているKは
余裕綽々といった顔で声をかける。

「 お話は伺いました。
 まぁ私もこの業界でこれからも飯を食っていくつもりですから
 あまり事を荒立てたくないというのが本音でしてね 」

「 本当に訴えは取り下げてくれるの?」

Tは疑心暗鬼な視線をKへと向ける。
とっぽいキャラにそぐわない清楚なスーツに身を包んだ姿は
彼女を普段よりも小柄に見せた。

「 当たり前じゃないですか。
 私も一度はあなたとともにあの舞台の成功を夢見た仲なんですよ。
 同志だという認識は今も変わってはいない 」

表情は硬いながらも、やや緊張が緩むT。
そのスキをつくかのように彼女をベッドに押し倒すK。
鋭い目でキッと睨み返しながらも抗おうとはしない彼女の姿に
Kは勝ち誇ったように傲然と言い放つ。

「 覚悟はできているようだな 」

Kはソファの脇に置いてあった大きなカバンから
縄の束と鞭、太くて真っ赤な蝋燭、洗濯バサミ
シリコン製ディルド、電動コケシ
浣腸器、エネマシリンジ、アナルビーズ
全頭マスク、ノーズフック、ポールギャグ、アングルワイダー
手枷、足枷、首枷、三角木馬など、様々な種類のオトナのオモチャを
動揺するTへ見せつけるようにして取り出した.....




舞台公演中止をめぐる此度の騒動
いずれ何らかの形で決着がつくこととなりましょうが
示談でカタがついたにしろ裁判で決着がついたにしろ
その途中の過程で何らかの裏取引が存在した可能性もございます。
しかし当事者は、絶対にその存在を明かそうとはしないでしょうし
部外者には所詮、立ち入ることのできない話でございます。



裏取引の有無など、詮索してはいけません。
それはむしろ妄想として、オカズとして楽しむべきものでございます.....






第二のあとがき




お目汚し、失礼いたします。



先日、書店でたまたま見かけた赤木智弘氏の著作
「 若者を見殺しにする国 」を立ち読みいたしました。
氏は「 『丸山眞男』をひっぱたきたい。31歳、フリーター。希望は、戦争。 」
という論文で注目されたフリーター経験のあるフリーライターでございまして
私が書店で立ち読みした範囲で察するに
氏は平和という抜け目の無い理屈や体制によって
若者がぞんざいな飼い殺しにされている現状に対して激しく憤り
戦争の勃発こそが真の意味での機会均等を達成できるのだと
主張しているようでございます。



著書の中では、評論家の佐高信氏や
ついこの間、社民党党首を辞任した福島瑞穂女史
ルポライターの鎌田慧氏をバッサリと切り捨て
それなりに痛快でございましたが、巻末にあとがきが二つございました。



一つめは、厨房が不貞腐れながらも
堂々と自分の意見を主張しているような内容で
ある意味「 強かな 」文章だったのですが
二つ目のあとがきは東北の大地震のあとに書かれたもののせいか
何やらトーンダウンした遠慮がちな文章に見え
ありきたりの評論家が書いた優等生的な発言に
終始しているような気がいたしました。



過激で尖鋭的な発言、あるいはニヒリストを気取った
メタファーやレトリックによって世の中を挑発し
自分の考えを訴えるという手法はそれなりの効果を発揮いたしますが
思いもよらない形で足をすくわれることがございます。
その一つが、挑発内容が現実になる
もしくは挑発内容と近似的状況が生じるということでございます。



死者が一万五千人以上の大震災と
原発事故による現在進行形での放射能被害。
氏の第二のあとがきには、現実に起きてしまった
それらの危機的状況に対する鼻白みや狼狽が垣間見え
哀れみを禁じえません.....






竜巻の恐怖




お目汚し、失礼いたします。



このところ、竜巻による災害が立て続けに起きているようでございます。
今月2日には埼玉県や千葉県、そして4日には栃木県で竜巻が発生し
各所で家屋の損壊が相次ぎ、ケガ人が続出しております。



竜巻といえば、昔、竜巻とその研究者の姿を描いた
「 ツイスター 」という米国映画がございました
映画の一場面に、牛が風に飛ばされて宙に浮いているシーンがございまして
そのときは何やら大げさな演出だという印象を受けたのでございますが
埼玉や千葉、栃木などでの竜巻による被災状況を見ておりますと
あのシーンは、さもありなんという気がいたします。



実際に牛が宙に浮くぐらいなら人間とて同様でございましょう。
そしてもし自分が竜巻で吹き飛ばされて宙に浮いてしまったらと考えると
背筋が寒くなってまいります。
足が大地を離れ、グングン空へ向かって舞い上がっていくその恐怖たるや
相当なものでございましょう。
高所恐怖症の私ならもちろんでございますが
そうでないかたでも恐怖を感じるはずでございます。



これもまた映画のワンシーンで恐縮でございますが
少年時代に見た「 ガメラ対ギャオス 」という怪獣映画で
新聞記者の男がそれとは知らずに怪獣の手の上に乗ってしまい
怪獣が手を動かすと同時に男の体が上昇し
その怪獣に食べられてしまうというシーンがございました。
まるで超高速のエレベーターに乗っているかのように
ものすごい勢いで男の体が上昇するシーンの
シュールさ・不条理さが、今も印象に残るトラウマ体験となっており
そのことから空へ浮き上がっていくことが
なおさら私にとって恐怖の対象となっているようでございます。



竜巻によって自動車が横転したり、家の屋根が吹き飛んだり
風で飛んできたものが人間や家屋にぶつかってきたりというのも
恐ろしゅうございますが
高所恐怖症の私にとっては、自分自身の体が宙に舞い上がるというのも
十分恐怖に値する体験でございます。
また周囲の人間にとっても、私のような五十路のむさくるしいオッサンが
メリーポピンズよろしく空中をさまよっている姿など見たくはないでしょう。



「 この空を飛べたら 」とか「 雲に乗りたい 」とか
空中に浮かぶことに憧れる歌は数多くございますが
そのような憧れは歌の中だけで十分でございます.....






笑顔の魔術




お目汚し、失礼いたします。



先週はかなり更新頻度が高く、ほぼ毎日という感じでございました。
お察しのとおり、ヒマだったのでございます。
今週からチョットまた忙しくなりましたゆえ
更新が少なくなることでございましょう。



2020年のオリンピックが東京で開催されることになり
オールジャパン体制で臨んだ招致活動は見事に実を結びました。
各メディアで報道されている招致活動の内容や関係者の意気込み
プレゼンテーションでのパフォーマンスなどを見ておりますと
随分とがんばっておられたのだなぁと感心すると同時に
なんとなく学生時代の文化祭のノリを思わせるような
気恥ずかしさも漂ってまいります。



それにしても私が興味をそそられたのは
プレゼンテーションの場での
滝川クリステル嬢の「 お・も・て・な・し  」ではなく
招致委員会の水野正人専務理事の顔でございました。
このかたの演説をしている映像が流れているのを
たまたまテレビで見かけたのでございますが
顔から笑顔が絶えることが全く無く
険しい表情や冷たい表情など一切見せなかったのでございます。



なぜこんなに楽しそうな顔で延々と喋り続けることができるのか
不思議で仕方ないのですが、どうもその原因は目にあるようで
話をされている間ずっと目が ⌒ ⌒ の状態だったのでございます。
この ⌒ ⌒ の状態を数分間とはいえ
ずっと維持するのは相当むずかしいのではないかという気がいたします。



例えが不適切で恐縮ではございますが
アメリカ映画の「 バットマン 」に化学薬品を浴びて
口が笑ったまま固まってしまったジョーカーという悪役が登場いたしますが
なにか水野氏も目の辺りに ⌒ ⌒ の状態になったまま固まるような
医療的処置もしくは美容整形を施したのでしょうか。
それほど見事な笑顔でございます。



何やらイタイタシイことを書いてしまったかもしれません。
慎んでお詫び申し上げるとともに
なにはともあれ関係者の皆様
2020年東京オリンピックの招致成功、心よりお祝い申し上げます。






ファンの形




お目汚し、失礼いたします。



ジャニーズ系アイドルが黄色い歓声を浴びておりました。
彼は電気剃刀でヒゲを剃るとき
剃刀の歯がヒゲをカットしやすいように
下あごや頬、あるいは鼻の脇の部分の肌を
裏側から舌で押し上げるのでございます。
テレビのバラエティ番組の中で
彼は実際にそうやってヒゲを剃る真似をして
スタジオ内の観客席に居た女性ファンを
喜ばせていたのでございました。



数年前に見た光景でございます。
電気剃刀を使うかたなら、よくやることでございますが
やはりアイドルともなれば、どんな仕草や所作も
ファンにとっては新鮮な驚きと啓示のような輝きをともなって
受け入れてしまうのでございましょう。
顔の皮膚を舌で押し上げるだけでそれほど喜ぶのなら
ズボンを一物で押し上げるところを見せれば
ファンは随喜の涙を滂沱のごとく流すことでございましょう。



鼻くそをほじくったり脱糞したりしても
ファンならビニール袋を片手に飛び寄って来るかもしれません。
ロックミュージシャンの中には、豚の臓物を観客席に投げ込む者や
衆人環視の中でパンツに手を突っ込んで自慰行為をおこなう者もおり
これはそういったファン心理を見越した上での
アーティストとしてのサービス行為なのかもしれません。



アイドルとファンとの絆というのが
最近はどういった形で顕現しているのかは存じませんが
今時は上記のようなフェティッシュな形でアイドルを愛でる
というのは、影を潜めているのでございましょうか。
それともよりいっそう先鋭化・究極化しているのでございましょうか。



私事で恐縮でございますが、恥ずかしながら二十歳の頃
某アイドル系シンガーソングライターにハマっておりました。
レコード会社かプロダクションの企画によるミニコンサートを1回
本格的なコンサートを2回行きまして
LPレコードも2枚、手に入れました。



熱狂的とは言わないまでも
一応ファンと呼べるような精神状態にあったのは確かでございます。
今でも彼女のファンである私ではございますが
この年になっても私は彼女をオカズにして抜いたことが
一度としてございません。



ファンとしての有るべき形がどういうものかはわかりませんが
なにはともあれ、ストーカーにならない限りは
フェティッシュな形であろうとプラトニックな形であろうと
かまわないのではないかと存じます.....






ヤブ人間




お目汚し、失礼いたします。



先日、自宅の近所を散歩しておりましたら
主婦と思しき40代と60代の女性が
立ち話をしているところを見かけました。
何気なくそばを通り過ぎたのでございますが
なにやら気がかりな内容の話でございます。
と申しますのも、とある医院がヤブだという話でございまして
こともあろうにその院長、私のかかりつけの医者でございます。



人当たりも良く、患者に対して真摯に向き合い
インフォームドコンセントにも熱心な医師でございます。
私も危ない目にあったり病がこじれたりしたことはもちろんのこと
不愉快な思いをしたことも一度だってございません。
そもそもこの手の噂は、相対的・感情的なものでございまして
立ち話をしていた御婦人おふたかたにしても
自分は行かないが御亭主や子供はその医院へ行って
診てもらっていると話しておられました。



自分の仕事ぶりがどのように評価されているかということを
いちいち気にしていては何もできませんが
やはり他人様の目は気になるものでございます。
私も一所懸命に仕事に励んでおりますが
実際のところ、お客様が私の仕事内容を
どのように評価されているかはわかりません。
アマチュアだの素人だの、モグリだのイカサマ野郎だのと
冷たいまなざしで見られているかもしれません。



いや、そればかりか、こいつは本当に一人前の社会人なのか
きちんと義務教育を受けた大人なのか。
挙句には人間かそうでないかにまで疑いが及び
ヌートリアかエチゼンクラゲではないのかと疑われ
人間の皮をかぶった別の生き物ではないかとまで
猜疑心を抱かれているかもしれません。



誓って申しますが、少なくとも私は
人間の皮をかぶった妖怪変化の類ではございません。
多少、猫をかぶってはおりますが
それも人並み程度でございますし
イチモツの皮はとうの昔に剥けておりまする。



しかしそれ以外の点については
正直あやふやな部分も多々ございます。
そんな私はヤブ医者ならぬヤブ人間だと
周囲から思われているかもしれません。



実際のところはどうなのか
周りの人間に尋ねてみたいという誘惑に駆られたりもいたしますが
その一方で本当のことを知るのが怖いような気もいたしまして
二の足を踏んでしまいます。
また仮に誰かに尋ねてみたとしても
果たしてその人が本心や本音を喋ってくれるかどうかは
わからないでしょう。



かくして真相は藪の中なのでございます.....






IPPAIIPPAI




お目汚し、失礼いたします。



全国的にお彼岸、しかも連休でございます。
あいにく私、仕事が忙しくなったため、マタ~リとできません。
せめて墓参りは行っておこうかと存じますが
それ以外の時間は店で仕事をすることになりそうでございます。



忙しいのは結構じゃないか、贅沢言うなとか
何を自慢してやがる、嫌味なやつだとか
そんな声が聞こえてきそうでございますが
今抱えているのはどれもこれも儲かる仕事ではございませんし
溜まっている支払いを済ませるために稼いでいるような
閉塞的な状況での仕事でございますので
うれしくともなんともありません。
自転車操業もしくは瀬戸際経営の状態でございます。



しかし切羽詰るというのもたまにはいいものでございます。
人間、何か余裕や猶予があると、本腰になれないもの。
そのため、譲らなくてもいいところで譲ってしまったり
引くべき場面で押してしまったり。
挙句の果ては、何か重大な局面に出くわしたとき
敵前逃亡や職場放棄のような態度をとってしまうことになるでしょう。
これではビジネスは成り立ちません。



その点、今のように切羽詰った状況下では
悠長なことなど言ってはおられませんし、また言う必要もございません。
常に決断力がマンマンのハイな状態を維持し続け
シコシコと仕事に精を出し…ではなく、粛々と仕事に精を出し
馬並みに…いや、馬車馬のように働くだけでございます。
そのため、どのような究極の選択に迫られようとも迷いません。
ウンコ味のカレーだろうがカレー味のウンコだろうがモリモリと平らげ
小便味のビールもビール味の小便もまとめて飲み干し
プハ~と息をつくのでございます。



まぁエラソーなことを書きましたが要するに私
現在のところ、いっぱいいっぱいの状態でございます.....






三年目の本気




お目汚し、失礼いたします。



どうやらこのブログも三年目に突入のようでございます。
ブログ開設当初は、ここまで自分の根気が続くとは
正直なところ思ってもおりませんでした。
われながらよくもまぁ続けてこれたものだと、あきれ…いや、驚いております。



三年目突入ということで
何か一発、花火のようなものを上げようかとも思いましたが
生憎、今はそのような時間的余裕がございません。
当ブログは他ブログと比べて比較的広告が少ない代わりに
コンテンツに「 花 」がございませんので
せめてこのような機会に何か花を咲かせ
花火はダメでも、せめて花びらを散らせるような記事を書き
ビラビラを血走らせるようなコンテンツを作って差し上げなければ
と存じますが、いかんせん私、エンターテイナーとしては力不足でございます。



されば何か当ブログの楽屋落ち
もしくは当ブログにまつわる裏話のようなものを披露しようかと存じましたが
お調子者の私ゆえ、うっかり個人情報の暴露のようなことに
手を染めてしまうやもしれません。
残念ながらこの案はボツということにいたします。



ともあれ、日ごろより訪問されているかたがたへ
そして私ごとき者のブログを
曲がりなりにもブックマークに入れてくださっているかたがたへ
この場をお借りして謹んでお礼申し上げる次第でございます..... ○┓






神秘なるもの




お目汚し、失礼いたします。



この前の日曜日、墓参りから歩いて帰る途中でのことでございます。
ベビーカーに赤ん坊を乗せている父親らしき若い男性を見かけました。
赤ん坊はベビーカーの中におとなしく収まっておりましたが
顔を上げて視線を空の方に向けております。



つられて私も空を見上げました。
夕暮れ時の空には、まばらに雲が散らばっておりましたが
それ以外には何も浮かんでおりません。
しかし赤ん坊はじっと空を見つめておりました。



私には見えない何かが見えるのでしょうか。
この世に生を受けてまだ一年足らずかと思われるその乳児は
お彼岸の日の夕暮れ空に何を見ているのでございましょう。
無垢な魂にはきっと私には見えない天使や精霊
あるいは極楽浄土に浮かんでいる先祖の霊が見えるのでしょうか。
それともUFOかステルス戦闘機が見えるのでございましょうか。



純真無垢な魂には、神秘的なものが宿るようでございます。
先月のことでございますが、とある宝くじ売り場で
乳飲み子を抱いた母親が当選券の換金をしに来ているのを見かけました。
売り子のおばさんと話すその若い母親
普段は一人で宝くじを買いに来るのだが
たまたま、この子と一緒に宝くじを買いに来たところ
けっこう高額な当選金が当たったとのこと。
売り子のおばさんも、その母親が差し出した宝くじ券を確認し
自分のことのように喜んでおりました。



夕暮れ空を無心に見つめる赤ちゃんの顔には
なにやら神々しささえ漂っているようでございました。
沖縄出身のミュージシャンが歌い
いくつものカバー曲が作られている「 童神 」という歌がございますが
子供を神にたとえたこの曲の題名、さもありなんという気がいたします。
この赤ちゃんが何を見ているのか、その瞳の奥にあるものが何なのか
その瞳の向こうに見えているものが何なのか
不思議さと同時に私、非常に興味深いものを感じました。
そして自分も同じものを見てみたいという
渇望めいたものさえ感じたのでございます。



もっともそれは、無垢な赤ん坊の魂に宿る神秘を語るために
宝くじの当選確率を引き合いに出すような私のごとき俗物には
一生見えないものなのかもしれません.....