あのときの紅葉




お目汚し、失礼いたします。



確か社会人一年生のときだったかと存じますが
通勤で利用している電車の車内広告に
美しい紅葉の写真が大きく写っておりました。
京都の高雄という紅葉の名所の観光案内でございます。



そのころ休みと言えば、映画館やゲーセン、パチンコへ行ったり
百貨店や美術館でおこなわれるアート関係の催し物を見に行ったりと
おもに街なかで過ごすことの多い私でしたが
一年365日、ずっと紅葉しているのではないかと感じるほどの
その写真の美しさに見とれて
高雄というところに行ってみたいという気になりました。



しかしいかんせん、若い頃からモノグサで面倒くさがりの私でございましたゆえ
その後、休みの日に高雄へ行くことはありませんでした。
それから今日に至るまで、京都の方へは何回もドライブで参りましたが
高雄へ行こうと意識して出かけたことはございません。
どこか別の場所の観光の最中に、偶然に高雄を訪れていたとしても
スルーするか忘れてしまっているかもしれません。



それでもあのとき、通勤電車の中で私の目を射た高雄の紅葉の美しさは
今も私の中で息づいております。その息吹をバネにして
若い頃にやり残した高雄観光をやり遂げてみたいものですが
モノグサで面倒くさがりの性格は相変わらず。
おまけに若い頃は比較的自由だった時間とカネが
今は雁字搦めでございます。



素朴でありながらも洗練されている美しさというものに対して
近づいたり触れたりするには
自分はあまりにも役不足なのかもしれません.....






苦虫顔




お目汚し、失礼いたします。



人間というもの、ときおり自分の苦い過去を振り返り
「 あのとき、どうすれば良かったのか 」
という思いにとらわれることがございます。
特にその過去が現在にまで尾を引いているのなら
そういう思いにとらわれるときがなおさら多くなりましょう。



高校生だったとき、私の数学の授業の担任教師が
なぜか何の脈絡も無く顔をしかめることがございました。
そのときはなぜその先生が顔をしかめているのか
何か突発的な苦痛の発作が起きる持病でも抱えているのだろうかと
不思議に思ったのですが、生徒のうちの誰一人として
その先生が顔をしかめる原因を知る者はいませんでした。



しかし今ではなんとなくわかるような気がいたします。
私も今、その先生と同じようなことをしているのでございます。
自分が過去に犯した臍をかむような失敗
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない過ち
穴があったら入りたいような恥ずかしい所業……
そんな記憶が不意によみがえり、私を責め立て
その結果、大切な仕事や用事の最中に
顔をクシャクシャにしかめてしまう。
そんなことが近頃とみに多くなりました。



あの時こうすれば良かったと、自分なりに解決をし
決着やケリを付けていればそんなこともなくなりましょうが
いずれの苦い過去も、私は現在に至るまで引きずっております。
あの数学の先生も私と同様、苦い過去を引きずっていて
何かの拍子にそのことを思い出し、顔をしかめていたのではないか。
私にはそんな気がいたします。



それはともかく、誰も居ないところならまだしも
人前で、それもお客様の前で苦虫を噛み潰したような顔を見せるのは
失礼でしょうし、下手をすればお客様の気分を害して
大切な商談がお流れになってしまいましょう。
そこで私、そんなときはとっさに目をつぶるようにしております。
そうすれば、少なくとも私の苦虫顔がお客様に向かっているのではない
ということが理解していただけると思うからでございます。



もっとも、そんなふうに目を閉じると
今度は中年男が何かイヤラシイ快感によがっているような
変態顔に見えないか、チョット心配ではございますが.....






どうして大人は嘘をつくの?




お目汚し、失礼いたします。



最近バナナの価格が比較的安ぅございまして
おかげさまで朝食にバナナを食する機会がよくあるのですが
皆様はバナナをどのようにしてお召し上がりになるのでございましょうか。



たいてい皮を四つに剥いて中身を出すのではないかと存じます。
わざわざ五つに剥いたりササラのように剥いたりはしないでしょう。
しかしバナナなるもの、何はともあれ剥かないことには
中身に触れることができないはずでございます。



少年のころに、まったく皮を剥かずにバナナの中身を切る
という手品について書かれていた記事を私、読みました。
ある学習雑誌の中の記事だったのですが
バナナに何も手を加えていないのに
皮を剥くとバナナが輪切りになっているのでございます。



種明かしは
糸を通した針をバナナの外側から目立たないように刺し込み
糸で中身の周囲を囲うようにして縫ったあと
その糸の両端を引っ張って中身を切るというものでございました。



正直なところ、実際にそんなやり方でうまく中身だけが切れるのかと
疑問を感じておりました。
きちんとした出版社が発行している学習雑誌の中に書かれてあることだから
間違いないだろうとは思いましたが、子供ながらに半信半疑でございました。
私にはその手品の記事が、手品師でもない出版社の一社員によって書かれた
「 子供だまし 」の記事のように思えたのでございます。



ところが先日この手品のことをふと思い出し、ネットで検索してみたところ
けっこう有名な手品だったようで、たくさんの記事にヒットいたしました。
まぁ手品の内容は子供だましかもしれませんが
少なくともあの学習雑誌に載っていたのは
「 子供だまし 」の記事ではなかったようでございます。



昔、テレビで流れていたアメリカ映画の中に
ある女性が幼い子供の
「 どうして大人は嘘をつくの?」という問いかけに対して
「 大人の言うことは、たいていは本当なのよ 」
と答えている場面がございました。
嘘は大人の常套手段だという観念が定着しているようでございますが
必ずしもそうではないということを、バナナの手品の検索結果は
ささやかながら裏打ちしているような気がいたしました.....






人間豹




お目汚し、失礼いたします。



普段穏やかな性格でとおっている人間が
突然暴言を吐いたり、恫喝的な発言をしたり
ぞっとするような冷たいなじり方をしたりという
容赦ない攻撃的な言葉を発する場合がございます。



もちろん、人間いつも恵比須顔ではいられません。
切羽詰ったり、心配事があったり、不運なことが続いたりして
気分的な余裕が無い場合は
そういう態度になってしまうものでございます。
しかしそんな言葉をかけられた方は、面食らうのはもちろん
恐怖さえ感じるものでございます。



今までそういう「 豹変 」に私は何度も出くわしてきました。
温厚で物静かだと信じていた人が、不意に目の色を変え
その印象を裏切って過激な、あるいは冷たい言葉で私を責めたてるたびに
私は、疎外感や孤独感に苛まれてまいりました。
そして人間というものに全幅の信頼を寄せるべきではないという確信を
強めるようになっていったのでございます。



そのため、私は豹柄の服を着た大阪のオバチャンはもちろんのこと
どんなに穏やかな印象のかたであっても油断はいたしません。
会話や商談の最中、こちらが相手の意にそぐわないことを言い出したときや
ミスや誤解、言い間違いをした途端に
態度がガラリと変わって豹のようになるかもしれません。
そして鋭い牙や爪のような言動で襲い掛かってくるのでございます。



そんなとき私は、決して自分も豹になって対決しようなどとはいたしません。
そんなことをすれば、人間関係も商談もパーになってしまうからでございます。
「 売り言葉に買い言葉 」だとか
「 やられたらやり返す。倍返しだ!」だとかいう事態は
異次元世界での話でございます。



私にできるのは、某動物研究家のように
噛み付かれて血まみれになりながら
ヨ~シ ヨシヨシヨシヨシヨシ ヨ~シ ヨシヨシヨシヨシヨシ
なだめるだけでございます.....







痔に御用心




お目汚し、失礼いたします。



何やら急に冷え込んできたようでございます。
いわゆる「 痔主 」のかたにとっては寒さは大敵でございましょう。
腰やお尻を冷やしてしまい、痔の悪化に悩むことになってしまいます。



かつて重い痔に悩まされていた私も
今ではそういった苦しみとは無縁の身になりましたが
それでも軽い痔に悩まされることは多々ございます。
痔になる、あるいは痔が悪化する原因を
私の個人的な経験から申しますれば
上記のような「 冷え 」という原因以外に
やはりトイレに居るときに気張るのが良くないようでございます。
出ないときは出ないと割り切る
またはある程度出たらそれで終わりにする
というスタンスが肝要なのでございます。



そしてもう一つ、これもまたよく言われていることでございますが
拭く時にこすらないようにすることも大事ではないかと存じます。
拭くときは女性が化粧をするときに白粉を塗るがごとく
軽く押さえるようにして拭き取るのがよろしゅうございましょう。
こうすることで肛門の粘膜・皮膚を傷めることを防ぎ
痔の予防や治療の一助となるのでございます。



この「 白粉型拭き取り法 」は、私にとって画期的なノウハウでございました。
この拭き方を実践するようになってからは、痔に悩まされたことがございません。
痔になることを完全に予防することはできませんが
少なくとも私自身に関しては、痔の予防や治療に関して
ある程度の効果を発揮しているようでございます。



このように、「 白粉型拭き取り法 」さまさまでございますが
ただ難点が2つございます。
一つは軽く押さえるようにして拭き取るために
「 拭き残り 」が生じる場合があること。
そしてもう一つは、まぁこれは私だけでございましょうが
女性が白粉やファンデーションを口の辺りに塗っている姿を見かけると
いかがわしい妄想の世界へと導かれてしまうことでございます.....






こころざし高く




お目汚し、失礼いたします。



最近、ネットのニュースを拝見しておりますと
テレビの視聴率に関する話が
なにかと取りざたされているような気がいたします。
あの俳優が主役のドラマは視聴率が良くないとか
あの女優が主演しているドラマの視聴率がイマイチだとか
あの番組は数字が低くて打ち切りになりそうだとか
あの大物芸人はとっくに賞味期限切れでもう使えないとか
総じて手厳しい話が多いようでございます。



テレビ業界の人間にとって
視聴率のアップが重要な課題だというのはわかりますが
あまりにそこを突き詰め過ぎると、いろんな面で弊害が出てまいりましょう。
先ごろ、某テレビ局のバラエティ番組において悪質なヤラセが発覚し
打ち切りになったことは耳に新しいところでございますが
これなどはそういった弊害の一つではないかと存じます。



テレビ番組というコンテンツも
とどのつまりは様々な人間が知恵を絞り汗を流し
お金を費やして作り上げた仕事の賜物でございます。
視聴率も大切でございましょうが
もっとこころざしを高く持っていればいいのであって
結果は二の次ではないかと私などは思うのでございます。
もっとも、「 フン。所詮は門外漢の戯れ言じゃねーか 」
と言われれば、返す言葉もございません。



昔、仕事の関係でとある工事現場を訪れたとき
ローカルのテレビ局のディレクターらしき人を見かけたことがございます。
ここで撮影をしたいので協力してくれないかと
工事を取り仕切っている建築会社の社長に願い出ておりました。



若者向けのドラマのロケを担当していたそのかたは
自分たちはどういうドラマをつくり
それによって何を世の中に伝えたいのかということを
建築会社の社長に対して臆することなく、ひるむことなく
静かな口調ではありましたが高らかに説明していたのでございます。
当時からテレビを含めてマスコミというものに対して不信感が強い私でしたが
少なくともこの担当者は真剣に仕事をしているという印象を受けました。



どんな仕事にも貴賎はございませんし
どんな仕事にも野次は飛んでくるものでございます。
そしてその仕事に関して上の位置に立つ者は野次から部下を守り
仕事の質を高めるべく尽力すべきではないかと存じます.....






猫をかぶった狸




お目汚し、失礼いたします。



大金を使い込んでタイに逃げ込んでいた男が逮捕されました。
タイで身柄を確保され、しょぼくれた顔をさらして
テレビ局のインタビューを受けていたこの男
20億円以上のカネを横領した容疑で指名手配されていたのですが
金の使い道をテレビ局の記者から問われて
それについては日本に帰ってから話します、と返答しておりました。



神妙な顔と口調でございましたが、私の個人的な印象では
何やら芝居じみているような感じがいたしました。
日本に移送されてからもこの男、警察の取調べに対し
カネの行方については知らない・わからないと
とぼけているような気がしてなりません。
ひ弱な小心者を装ってはおりますが
本当は鉄面皮な破廉恥漢なのかもしれません。



長野県のとある厚生年金基金の事務長として資金管理をしていたこの男
管理が自分に一任されていたことをいいことに
使い込みを繰り返していたようでございます。
彼一人にカネの管理を任せていたその厚生年金基金の認識の甘さを
指摘する声がございますが
私はこのような犯罪が起きた要因として、
この男の並外れた図太さも無視できないのではないかと存じます。



何しろ億単位のカネを横領し、使い込んでいるのでございます。
自分が何億ものカネを預かっていると思っただけで
普通の神経の男性なら失禁・脱糞
女性なら生理が止まらなくなってしまうはずでございます。
なのにこの男はそんなことなど意に介していなかったようでございまして
実に恐るべきやつと申せましょう。



その貧相な外見とは裏腹に
彼には大いなる野望があったのかもしれません。
24億近くのカネをひそかに流用して財テクにつぎ込み
何倍にも膨らませて潤沢な資金をこしらえ
どこか海外の小さな島を買い取って
自分だけの王国を作ろうとしたのかもしれません。



自分の肖像画を国内の至る所に設置し
3Dプリンタを使ってイチモツまで忠実に複製した黄金像を作らせて
国民に「 将軍様 」と崇め奉らせようとしたのでしょう。
掠め取った億単位のカネは、その野望達成のために
彼しか知らないところへプールしてあるのかもしれません。
そういう遠大な計画があるがゆえに
この男はカネのありかを正直に打ち明けようとはしないでしょう。



まぁそんな妄想はさておき、実際のところ横領されたカネは
彼の性欲と愛人の懐を満たすために使われた
というのが真相でございましょうが.....






夢のまた夢




お目汚し、失礼いたします。



今月9日、安倍首相が自動運転車の実験に自ら試乗者として参加し
国会周辺の公道を自動運転車に乗って走行したそうでございます。
実験は無事終了したようで
実験後、首相は日本の自動車メーカーの技術力の高さを
褒め称えておりました。



クラッチ操作不要のオートマチック車なるものが世に出てから
どのぐらいの月日が経っているのかは存じませんが
自動車産業は技術的に日進月歩の発展を遂げているような気がいたします。
もはやクラッチ操作はおろか、アクセル・ブレーキ・ハンドルを操作しなくても
勝手に運転してくれる自動運転車こそ
真の意味での「 自動運転( オートマチック )車 」でございまして
それはまさに私どもが少年時代に夢見た未来社会に登場するものでございます。
それゆえ、こんなにも早く現実に登場したというのは
正直なところ、意外でございました。



まだ実験段階でもございますし
技術的に物足りない部分や不完全な部分も多々あるのでしょうが
これから更に安全面の改良はもちろん、機能の拡張もおこなわれ
やがて実用化・一般化・量産化されることでございましょう。
しかし車自体に興味があるカーマニアは別として
自分の手で車を運転して楽しみたいというカーマニアは
そういった車に対しては拒否反応を示すのではないでしょうか。



プロのレーサーならずとも
車の運転をスポーツ感覚で楽しみたいという一般のドライバーは
数多くいらっしゃるはずでございます。
そういった方たちが最先端技術の粋を集めて作られた自動運転車に対して
「 物足りない 」という印象を抱くのは無理からぬところでございましょう。
それはあたかも、顔もプロポーションも声もテクニックも
飛び切り極上のデリヘル嬢を呼んでおきながら
手コキをしてもらって満足するようなものだからでございます。



しかし私などは、もしそういう車が安全かつ普通に公道を走ることが
できるようになるのなら、実にのぞましいことではないかと存じます。
念のために申し上げますが
決して私は手コキで満足するような人間ではございません。
自動運転車が一般化すれば無茶な運転をする輩も減り
交通安全に資することになるから、のぞましいと思うのでございます。



自動運転車の登場によってこの先
交通インフラがどのように発展もしくは変容するのか
興味深いところでございますが
「 夢は必ず実現する 」という「 夢 」を持たせてくれた
そんな気がするニュースでございました.....






顔音痴




お目汚し、失礼いたします。



国営放送の連続テレビ小説で今
「 ごちそうさま 」というドラマがオンエアされております。
劇中、嫁いびりをする小姑が登場するのでございますが
この小姑を演じている女優さん、名前はキムラ緑子さんとおっしゃいます。



先日、たまたまそのドラマをテレビで見ておりまして
キムラさんが出演されているのを拝見したのでございますが
私、この人をてっきり藤真利子さんだと勘違いしておりました。
藤真利子さんも女優さんなのですが、まったくの別人でございます。
昔風に髪を結っておられる姿がなんとなく似ていらっしゃいまして
それで勘違いをしたのかもしれません。



もともと私、人の顔を覚えるのが苦手でございます。
それに思い込みが激しい性格でございまして
何かを勘違いすると勘違いしたまま
何十年も過ごしていることがございます。
昔、「 河童の三平 」という子供向けの特撮ドラマが
テレビで放映されていたのでございますが
主人公の少年の母親を演じていた女優さんを
つい最近まで八千草薫さんだと信じ込んでおりました。
先日たまたまウィキペディアでこのドラマのことを調べておりましたら
別の女優さんだということを知ったのでございます。



テレビ以外の日常生活では、それほどひどくはございませんが
やはり人の顔を間違えることがございます。
こんな私でございますゆえ、似たような顔の人間が並んでいたら
トランプで神経衰弱のゲームをやっているような気分になってまいります。



つい今しがたのことでございますが
AKB48の公式サイトを訪問いたしました。
メンバーのオネーチャンたちの顔写真が
ズラリと並んでいるページへ行ってみたのですが
よく見れば微妙な違いがあるものの、みなさん一様に微笑んでおられまして
ぱっと見にはさしたる違いが感じられず
私のような「 顔音痴 」にしてみれば、どの顔も同じに見えてまいります。



それにしても、私が顔音痴だということを差し引いても
そのページからは、没個性の坩堝という印象を受けました。
いろいろと制約があって、スタンドプレイはできないのかもしれませんが
険のある目つきでこちらをにらんだり
「 ニューヨーク1997 」のスネーク・プリスキンのようなアイパッチをつけてみたり
あるいはいっそ、鼻フックとポールギャグを装着したりと
色々と個性をアピールする方法はあるはずでございます。
年頃のかわいい女の子たちが全員同じような顔と表情で
写真に写っているなんて、考えただけでも勿体無ぅございましょう。



まぁこれが最近のアイドルの売り方だと言われたらそれまでですが
美容整形大国・韓国では、美人コンテストの出場者が
ほとんど同じような顔の女性ばかりになってしまい
美容整形の弊害だと批判されていたことがございました。
AKB48のメンバーが美容整形をやっているかどうかは存じませんが
日本のアイドルやタレントがこのような状態になるのは
避けてもらいたいものでございます.....






光の催し




お目汚し、失礼いたします。



今日、お客様の御自宅を訪問したおり
玄関先に雪だるまの形をしたイルミネーションと
蔦のように張り巡らされた電飾を見かけました。
そろそろ師走ということで
「 イエナリエ 」を始めておられるようでございます。



昨今のイエナリエブーム
もともとは神戸のルミナリエが元となっているものでございます。
ルミナリエとは1995年に大震災に襲われた神戸において
犠牲者の追悼とともに災害からの復興を願って
毎年12月におこなわれる催しでございまして
開催期間中、神戸の街は夥しい数の電飾によって美しく彩られるのでございます。
その彩りの華やかさ、温かさ、やさしさが人々の心に感動を呼び起こし
今日のイエナリエをはじめとする電飾ブームに「 灯を点けた 」わけでございます。



私、震災後におこなわれた第一回目のルミナリエに行ってまいりました。
そのころはまだ今ほど大掛かりな催しではなく
また街のいたるところに震災の傷跡が生々しく残っており
裏通りなどを歩くと応急修理の施された人家や
壁にひびの入ったビルなどを見かけることもございました。
震災後、神戸の街を訪れたのはその夜が初めてございまして
その頃には余震はもう皆無に近いような状態で不安は感じませんでしたが
沈痛な面持ちを浮かべた街の様子に驚いたものでございます。



資金難で継続はむずかしいとか
陳腐なイベントに堕しているとか言われてはおりますが
今年もルミナリエは開催されるようでございます。
部外者が勝手なことを申すようではございますが
個人的にはどうかこの催しが末永く続いてほしいもの。
そしてあえて申し上げるなら
東日本大震災の被災地における追悼と復興のために
この光の催しが何らかの助力になることを願って止みません。