親子の縁




お目汚し、失礼いたします。



長崎県で女子高生が凄惨な殺人事件を引き起こしております。
マンションで一人暮らしをしていたこの女子高生
自宅で同級生の女子を殺害して遺体を損壊したとのこと。



加害者・被害者ともに未成年者でございますが
テレビでは例によって馬鹿の一つ覚えよろしく
被害者の顔写真を大写しに、加害者の顔は暈して流しております。
殺されたものはさらし者、殺した下手人はヌクヌクと、でございます。
そしてその下手人と目される人間も馬鹿の一つ覚えよろしく
「 人を殺してみたかった 」と、どこかで聞いたようなセリフをほざいております。



容疑者の女子高生は、スポーツにも勉学にも芸術にも秀でた
逸材だったようでございますが、人殺しの才能は余計でございました。
以前から性格的に問題があることがわかっており
いずれは良からぬことが起きるだろうと
精神科の医師が親に警告をしていたにもかかわらず
その警告は何の役にも立っておりません。



父親は地元でも有名な弁護士なのですが
この父親、容疑者の女子高生に以前、頭蓋骨が凹むほど
金属バットで殴られたことがあるにもかかわらず
表沙汰にはしていなかったそうでございます。
娘とはいえ、自分をそんな目に遭わせた人間を庇い立てする心境とは
どんなものでございましょうか。



マゾだったのかもしれません。
そして今頃は大物弁護士としての人脈に物を言わせて
自分が通っていたその手の風俗店に口止めをするために
奔走中なのでございましょう。
娘の弁護など二の次、三の次ではないかと存じます。



マゾヒストの父親とサディストの娘。
この親にして、あの娘ありといったところでございましょうか.....






伝染病




お目汚し、失礼いたします。



西アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱の感染拡大について
WHO ( 世界保健機関 )は、緊急事態の宣言をするかどうかを
現在検討中とのことでございます。
この伝染病による死者の数は1000人を超えようかという事態になり
現地での医療従事者の不足や防疫措置の不備
外国からの医療チームと風俗習慣の異なる地元民との間の
齟齬や誤解といったさまざまな事情によって
感染終息の道筋が見えてこない混乱した状況にあるようでございます。



このエボラ出血熱という伝染病
かなり致死率の高い病気でございまして
関連の画像をちょっとググって見たのですが
楽な逝き方のできる病気ではないようでございます。
エボラウィルスは空気感染をしないとのことでございまして
そのため感染した患者の体液・血液・排泄物等に触れなければ
感染する心配は無いそうでございますが
飛沫感染の危険性は有りましょうし
ウィルスが何らかの突然変異を起こして空気感染が可能になれば
厄介なことになります。



恐ろしい勢いで感染の広がっているこの状況に対し
わが国政府が、防疫措置や渡航制限に関して
どのような体制にあるのか詳細には存じませんが
パニックや社会不安を引き起こすことを恐れてヌルい対応をした挙句
みすみす防げる感染や流行を防ぐことが出来なかった
というような事態だけは避けてもらいたいもの。
またわれわれ国民一人一人も、そういったことが起きないように
気をつけねばなりません。



西アフリカといえば海の向こうの遠くの地じゃねぇか
何をビビってやがると言われるかもしれませんが
世はグローバル化・国際化の時代でございます。
給食に毒物を混入したり
猫を解剖して楽しむようなキチガイを野放しにしていたため
守ることの出来たはずの若い命がみすみす奪われるという事件が
どこかの国で起きておりましたが
その国のことを考えると一抹の不安がございます.....






出世魚




お目汚し、失礼いたします。



つい最近、或る仕入先の担当者の男性と電話で話をいたしました。
商品の値段について問い合わせるために電話をしたのですが
( こんな安い商品の値段を訊いてどうするつもりなんだ )
という相手の腹の内が透けて見えるような物言いをされました。



こちらとしてはそれまで扱ったことの無い商品でございましたので
安いのか高いのかまったく値段の見当が付かず
それで訊ねざるを得なかったのでございますが
その担当者、「 けんもほろろ 」とはいかないまでも
何やら小馬鹿にしたような態度でございました。
まぁその仕入先からは日頃ほとんど商品を購入していなかったため
軽く見られていたのかもしれません。



私の店にその担当者が初めてやって来た
3年ほど前のときのことを思い出しました。
新入社員というには少し薹が立っているようで
たぶん中途採用者なのかもしれませんが
物腰は柔らかく、笑顔を絶やさず
決してこちらの神経を逆撫でするようなことは申しません。
特にディスるようなところは無かったのですが
今から思うと、どこか卑屈で目が笑っておらず
そして何よりパッと見が貧相でございました。



その貧相さは今も私の脳裏に焼き付いております。
それから何回か御機嫌伺いに来た後
彼はパッタリと私の店には来なくなりました。
こんな得意先に営業をかけても売り上げが上がらないと
判断したのでございましょう。



それから彼の勤めている会社へ
数回ほど用事で訪れることがございまして
そこで彼の姿をときたま見かけました。
当初の貧相さに全く変わりは無く
貧相さと言えば私も負けてはいないのでございますが
彼の貧相さにはそれを裏切る自信のようなものが
満ち溢れていたような気がいたしまして
そこが私と彼との違いでございました。



それからしばらく彼の姿や声を見聞きすることは無かったのですが
先日、冒頭で書いたような用件で電話をして
数ヶ月ぶりにその声を聞いた次第。
そこには私を小馬鹿にするような響きと同時に
ベテラン社員としてのプライドのようなものも感じられました。
随分と出世したものでございます。



ブリという魚、最初はツバスと呼ばれ
成長するにしたがってハマチ、メジロと名が変わり
最終的にブリという名前になりまする。
見た目はツバスでも中身はブリ。
そんな彼に、見た目も中身もツバスのままでいる私から
この場を借りて一言申し上げたいと存じます。



ちょっとベテランになったからって

ブリってるんじゃねぇーよ
( 涙 )
 






小さな花火




お目汚し、失礼いたします。



私が小学校低学年だったころの夏休みのことでございます。
お盆で帰省した両親とともに父親の実家に泊まっていた私は
夜、花火がしたくなって母親に花火をさせてくれと頼み込みました。



花火は昼間、子供向けの小さくて安全なものを
町の玩具屋で買ってきてあったのですが
そのとき、父親と祖父は用事で出かけていて不在でございました。
花火をするときは、大人がそばについていなくてはならないと
小学校の先生から言われておりましたので
父親の代わりにそばについていてくれと頼んだのでございますが
ちょうど母親も体調不良のため寝床で横になっており
しんどいからついていてやることができない。
今日は花火は我慢しなさいと断られました。



ところがこのときの私
とにかく無性に花火がしたかったのでダダをこね
見かねた祖母が「 私がついていてあげるよ 」と言ってくれました。
で、父の実家の庭で祖母と一緒に花火で遊び始めたのですが
ちょっとした手違いがございまして
花火の火が祖母の髪に燃え移ったのでございます。



祖母はあわてて火の点いた髪の毛を手で押さえつけ
バケツに汲んであった水を頭からかぶって火を消し止めました。
騒ぎに気づいた母親が、部屋の奥から出てきて事の次第を知り
ビックリいたしました。
そしてドラゴン花火のごとく激怒して私を叱り付けたのでございます。



ショボーンとなっている私を哀れに思ったのか
「 大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。あたしゃ火傷はしとらんよ 」と
祖母はとりなしてくれましたが
母の怒りはなかなか収まりませんでした。
あれほど我慢しなさいと言ったのにどういうつもりかと
私、こっぴどく怒られたのでございます。
怒られながらも、祖母のとりなす声が
母の背後から聞こえていたのを覚えております。



当時は、母に大目玉を食らったという
悲しい思いしかございませんでしたが
今思い返してみると、あの時、母がどういう「 体調不良 」だったのか
なんとなく分かるような気がいたしますし
母があれほど私を激しく叱り付けたのは
すんでのところで姑に大火傷をさせるところだったという
嫁としての危機感が影響していたせいかもしれない
ということにも気づきました。



今日、偶然このときのことを思い出し
母と祖母に対して謝りたい衝動に駆られましたが
もはや二人とも私の謝罪を聞いてくれるような
身近なところにはおりません。
此度のお盆、母や祖母の墓前で謝っておくことにいたしましょう.....






歪なドリンク剤




お目汚し、失礼いたします。



ここ最近、屋外での作業が連続しておりまして
盆休みに入る前日の13日まで
現場仕事で汗を流しておりました。
仕事が忙しいのは良いことなのですが
体が資本でございますので
資本の毀損が生じないように
健康にも留意しなければなりません。



毎日ドリンク剤を飲んでは
疲労回復に努めていたのでございますが
ろくに睡眠を取っていないため
健全な形での疲労回復とは言えません。
暑さの厳しい夏が終わって秋の風が吹く頃
そんな歪な形で体力の維持を図っていたことに対する
手痛いしっぺ返しが来はしないか
ちょっぴり心配でございます。



私のような零細業者でさえ忙しいということは
世間はもっと忙しいということなのでございましょう。
しかし景気関係のニュースを見聞きすれば
消費税が8%に増税されたあとのGDPが
著しく落ち込んでおり
一部報道では来年10月予定の消費税再引上げは
むずかしいという専門家の声が上がっているそうでございます。



疲弊した日本経済を活性化させる
ドリンク剤として登場したアベノミクスでございますが
本当に大丈夫なのでございましょうか。
経済問題に関して門外漢の私が
こんなことを申し上げるのもまことに恐縮ではございますが
アベノミクスなるもの、荒っぽい表現をいたすならば
国の借金を増やしていく政策なのでございましょう。
国家財政の健全化という大目標は
どうなってしまうのでございましょう。
その目標を達成するためには
消費税の再増税はいたしかたないのでしょうが
それが「 むずかしい 」ということになれば
にっちもさっちもいかなくなってしまいましょう。



あまり後ろ向きなことを申し上げたくはありませんが
ひょっとするとこの先
経済政策としてのアベノミクスの歪な部分
おかしな部分、危険な部分が
露見するようになってくるのでございましょうか。
ドリンク剤だと思っていたものが
実は脱法ハーブや危険ドラッグだったということが
表面化するのでございましょうか。



そんなことにはならないと信じたいものでございます。
日本経済が大事故を起こして口から泡を吹いているような姿は
私、絶対に見たくありません.....







生乾き




お目汚し、失礼いたします。



昨日、また現場作業がございまして
暑いさなか行って参りました。
具体的な場所や仕事内容は申せませんが
朝7:30から始めて、終了したのが夕方の6時頃。
現場には水筒にお茶を入れて持って行ったのでございますが
あっという間に空になり、仕方なく現場近くにあった自販機で
作業の合間にソフトドリンクを買って飲んでおった次第。



飲んだそばから汗として流れて行きますので
一本では治まらず、何本もソフトドリンクを買いました。
その結果、ものすごい量の汗が流れまして
作業用の衣服がびしょ濡れになり
ポケットに入れてあった免許証入れや名刺入れ
財布などにも汗が染み込み
通っている歯科医院の診察券や名刺まで濡れてしまいました。
財布の中の紙幣も汗で濡れ、向こう側が透けて見えるほどでございます。



仕事を終え、車で自分の店に戻る途中、コンビニへ寄りました。
再びのどの渇きを覚えて我慢できなくなり
何か飲もうと思ったのでございます。
スポーツドリンクをコンビニの棚から取り出しレジへ持っていきましたが
あいにく小銭がございません。仕方なく千円札を取り出したのですが
汗に濡れた紙幣が生乾きの状態でございます。



レジに居たのは若くてきれいな女性店員でございまして
私、躊躇しながらそのフニャフニャした紙幣を差し出しました。
汗はその成分が尿とよく似ているとのことでございますので
何やら「 間接キッス 」ならぬ「 間接放尿  」をしているような
後ろめたい気分でございましたが
その美しい女性店員は気持ち悪がることも無く受け取り
お釣りとレシートを私に渡してくれたのでございます。



その女性店員のプロ意識に脱帽いたしました。
私なら同じ対応が出来ていたか、正直自信がございません。
表情のどこかに嫌悪感の欠片のようなものが過ぎっていたでしょう。
その点、彼女は私がレジを去るとき、笑顔さえ浮かべておりました。
売り子としては完璧に近い対応でございましょう。



あえて指摘するなら、一つだけ。
彼女が自分の汗で濡れた生乾きのレシートを
私に渡してくれなかったということでございます.....







大輪の花




お目汚し、失礼いたします。



夜空を大きく彩る打上げ花火は
夏の風物の代表格と言ってもいいでしょう。
自宅の庭先において家族数人でささやかに楽しむ花火も
風情があってよろしゅうございますが
夏の夜空という巨大なキャンバスに
打上げ花火という絵筆で大輪の花が描かれるさまを
大勢の見物客とともに楽しむのもまた格別でございます。



もっとも、こういった大きな花火を観ることのできる
いわゆる花火大会なるもの
蒸し暑い夜の大気の中で人混みにもまれなければならない
という難点がございます。
また花火大会の会場まで車で出かけることが出来れば楽なのですが
会場に駐車場がないために
電車・バスを利用しなければならないこともございます。
そして花火大会がおこなわれる場所によっては
他にもいろいろと困った点、不便な点が生じる場合がございましょう。



20年ほど前のことですが
親戚の家へ泊まりがけで遊びに行った時
隣町の河川敷で花火大会があるということで
夜、車に乗って出かけました。
河川敷のそばには広大な空き地を利用した駐車場があり
車の置き場所には事欠かなかったのでございますが
かなり規模の大きな花火大会であるにもかかわらず
トイレは男女兼用・大小兼用の仮設のものが2つだけ。
花火を観覧中に尿意を催した私が行ってみると
トイレ待ちの行列が2列、万里の長城の如き有様でございます。



あたりには花火の見物客が溢れているために
コッソリ立ちションをすることなどできません。
辛抱強く順番を待ち続けた私でしたが
行列は遅々として進みません。
しゃにむに尿意を我慢するうちに
やがてあろうことか便意まで催してまいりました。



ただの河川敷でございましたので
気の利いた施設や設備などあろうはずもなく
多少の不便は我慢するつもりでいたのですが
不便はおろか大便まで我慢するハメになろうとは
思いもよりませんでした。
下痢のような急を要する便意ではなかったものの
下腹部の前と後からくる灼熱感と膨満感は
苦痛以外の何ものでもございません。



しかしその苦痛に耐え抜いた甲斐あって
なんとかオモラシをせずにトイレに入ることが出来ました。
とりあえず尿意の方を先に片付け
それから便意の方に取りかかりましたが
いったいどこにこれだけ溜まっていたのだろうかと
驚愕するほどのモノが出てまいりました。
あまり詳細な描写は控えますが
それはもう、この記事のタイトルを「 大輪の花 」ではなく
「 大量のウンコ 」に改題してもいいぐらい
ドッサリと出てまいったのでございます。



もっとも、過去にそのようなことがあったとはいえ
花火大会というものに対する魅力は
私の中では依然として衰えておりません。
もしも似たような状況・ロケーションで
どうしても見に行きたいという花火大会があった場合は
今度は携帯トイレと消臭剤を持参して
出かけることにいたしましょう.....






宝の山




お目汚し、失礼いたします。



先日、半世紀近く前の映画になりますが
市川雷蔵さん主演の大映映画
「 眠狂四郎無頼控 魔性の肌 」( 1967年公開 )を
ネットで拝見いたしました。
この作品において「 ちさ 」という名の武家の娘が登場いたしまして
眠狂四郎は、このちさの父親の頼みで
幕府の仕事に手を貸すことになるのですが
アウトローでヒネクレ者の眠狂四郎
最初はその頼みを断っていたものの
やがて、ちさの貞操を奪うことを条件として
頼みを引き受けることになります。



そして物語の中盤ぐらいになりますが
ちさと眠狂四郎が何気なく会話を交わしている最中
偶然、そのゲスい条件のことについて話が及ぶシーンがございます。
お上の仕事に関わることゆえ
その条件について、ちさは承知の上、覚悟の上だったのでございますが
遠まわしに、それでいてサドっ気たっぷりに話す狂四郎の言葉から
悲愴な自分の運命をあらためて思い知るハメになり
ちさは激しくうろたえながら狂四郎から視線をそらし
恥じらい、苦しむような表情を浮かべるのでございます。



ちさを演じているのは鰐淵晴子という女優さんですが
このシーンの演技が実に上手い。しかもエロい。
当時の若々しい鰐淵晴子さんのお顔は
キュートでチャーミングでコケティッシュ。
その顔が動揺し、恥辱に苦悶する武家の娘の表情を
巧みに表現しており
中途半端なアダルトビデオよりも
オカズとしての質は数段上でございまして
このシーン、何回見ても思わず片手が股間へと伸びてしまいます。



この映画、他にもエロいシーンがいくつも散見されるのですが
肌の露出も無くそれっぽい動きを見せるわけでもないのに
濃厚なエロチシズムを感じさせるという点で
このシーンは異色でございました。
これはまさに鰐淵晴子さんの
女優としての演技力の賜物でございましょう。
そして私がこの映画においてもっともエレクトしたシーンは
鰐淵さんのこのシーンでございます。



50年ほど前の昔は、映画やドラマなどにおいて
今よりも表現の規制が厳しい場合がありましたでしょうし
女優さんもおいそれと「 脱ぐ 」ことのできる時代ではなかったと存じます。
それゆえエロチシズムを表現するにあたっては
女優さんは演技力以外は武器として使えなかったのではないでしょうか。
むしろ、この映画の鰐淵さんのように表情や仕草だけで
男を勃起させるような女優さんが数多くいらっしゃったのではないでしょうか。



そういった点で、昔の映画やドラマは宝の山……
いや、オカズの山なのかもしれません。
この年になってようやくそんなことに気づくというのは
われながら遅すぎるような気もいたしますが
ともあれ、これから昔の映画やドラマを見るときは
その点に着目しながら見ることにいたしましょう.....






ドライアイスの夏




お目汚し、失礼いたします。



小学校の夏休みというと
最近は8月の25日ごろで終わってしまうようでございますが
私どもが小学生の頃は
夏休みは8月31日までというのが普通でございました。
それゆえ明日8月31日は、私が小学生だった頃は
夏休みの最終日だったわけですが
夏休みの最終日というと親に叱られて泣きながら
溜まっていた宿題を片付けた経験のある方も
多いのではないでしょうか。
また今の現役の小学生においても
そういった経験をしている子がさぞかし多いことでございましょう。



私もそういった横着をして、あとで困るような小学生でございました。
休みが始まってしばらくは、「 夏の友 」という宿題帳のようなものに
毎日向き合って問題の答えを書いたりしているのですが
やがて向き合うだけになり、あげくに机の引き出しの中へ
放り込んだままになってしまうのでございます。



そして8月31日の朝
「 工作 」の宿題があることを思い出し
何気に机の引き出しを開けてみると
十分の一さえもできていない「 夏の友 」と一緒に
真っ白の「 絵日記 」が出てきて
顔面蒼白になってしまうのでございます。
このように夏休みの最終日というのは
恐ろしいほど沢山の宿題を
親に叱られながら必死で片付けるという
そういった重苦しい一日でございました。



そんなふうにして毎年
夏休みの最終日を過ごしていた私でしたが
ある年、確か小学4年生のときだったかと存じますが
どういうわけかそのときの夏休みは
宿題が何もかも早い目に片付き
8月31日は余裕綽々と過ごせるようになったのでございます。



そんな私のことを見て機嫌を良くした母親は
その日の朝、私に向かって
デパートに連れて行ってやろうと言いました。
宿題は全部やり終えておりますので
私も特に断る理由がございません。
その日は、梅田の阪急百貨店へ行き
母親のウインドショッピングに付き合い
最上階の大食堂で昼食を食べ
地下の食品売り場でスイーツを買って帰りました。



帰宅するとちょうどおやつ時でございます。
買ってきたスイーツを母と一緒に食べて舌鼓を打った私は
台所の流し台に散らばっている白い塊から
白煙が立ち上っていることに気づきました。



私がびっくりしてそのことを告げると母は笑いながら
「 あれはドライアイスよ 」と言いました。
スイーツの箱の中に保冷用として入っていたドライアイスを
母が流し台に捨てていたのですが
それが水に触れて白煙を発しているのでございます。



「 直接触ったらアカンよ。手が爛れるからね 」という
母の忠告を耳にしながら
私はドライアイスに水をかけました。
水をかけると白煙はますます勢いを増し
ドライアイスの周りでボコボコと白い泡が湧き上がり
私はおもしろくなって何度も水をかけました。



どのくらい水をかけ続けたでしょうか。
気がつくとドライアイスは最後のかすかな白煙を残して
消え失せるところでございました。
母は何か用事があったのかいつの間にか出かけていて
家の中にはおりません。
窓からさす陽は傾いていて、もう夕暮れ時のようでございます。
蝉の声も聞こえませんでした。



何やらひどく寂しい思いがいたしました。
なぜ寂しかったのかよくわかりませんが
たぶん、夏休みがその日で終わりだということ
そして夏という季節がもう終わりを告げようとしていることを
子供ながら無意識のうちに感じていたのでございましょう。
ドライアイスが消え失せたことで
そのことをいっそう切実に感じたのかもしれません。



私がドライアイスに水をかけ続けていたのも
おもしろいからではなく
今思えば、無意識のうちに感じていたその空虚さを
埋めるためだったのかもしれません。
しかし結局、ドライアイスは消え失せてしまいました。
夏は終わったのでございます。



いつもの夏休み最終日なら、宿題を片付けるのに必死で
このような気分にはならなかったはずでございます。
宿題に押しつぶされそうな夏休み最終日
というのも辛ぅございますが
年端も行かない小学生に夏の終わりの空虚さや寂しさを
ヒシヒシと感じさせるというのも酷なものでございましょう。



してみると、夏休みに学校から沢山の宿題が出されるのは
往々にして子供が夏休み最終日に宿題を一気に片付けようとする
という傾向があることを見越した上で
夏の終わりの空虚さや寂しさを
子供にできるだけ感じさせないようにしようとする
大人の気遣いなのかもしれません.....