トゲの行方




お目汚し、失礼いたします。



私が子供の頃、夏休みに父親の実家へ遊びに行くと
祖父母が買ってくれていたのか
少年向けの漫画雑誌が1冊か2冊、必ず置いてありました。
ある年の夏、その漫画雑誌の中に一編の読み切り漫画が載っておりまして
その漫画の中で登場人物の青年がこう申していたのでございます。



「 あのとき、ほんの少し、ほんの少しだけ勇気を出していれば
 こんなことにはならなかったんだ..... 」



その青年は少し足が不自由でございまして
常に片足を引きずるようにして歩いておりました。
そんな彼が、足に大ケガをした車椅子の少年を元気付けるために
色々と尽力するのでございます。



リハビリの甲斐あって
少年はもうとっくに歩けるようになっていたのですが
怖くてなかなか車椅子から立ち上がることができません。
「 アルプスの少女ハイジ 」のクララのような状態でございました。
ところがあるとき、青年の足が義足だということがわかり
驚く少年に青年は告白するのでございます。



「 君ぐらいの年齢のとき、足にトゲが刺さったんだ。
 針を使ってトゲを取ることになったんだが
 僕は怖くてそれができなかった。
 そのまま放っておいたら、やがてトゲの刺さったところが化膿して
 ついには足を切り落とさなければならなくなった..... 」

「 あのとき、ほんの少し、ほんの少しだけ勇気を出していれば
 こんなことにはならなかったんだ..... 」



車椅子の少年は感極まって自分でも気づかないまま立ち上がり
青年のところへ駆け寄る.....物語はそこでハッピーエンドと相成ります。



刺さったトゲを放っておいたら、足を切断しなければならなくなった。
実際にそんなことがあるのかどうか、私は医者ではないのでわかりませんが
私の少年時代には、そのようなことを親や大人から言い聞かされておりました。
今思えば都市伝説のようなものだったと思うのですが
当時は私、それを信じ込んでおりました。



人一倍臆病だった私は、そういう事態になるのはもちろんですが
指先や足に刺さったトゲを、針を使って取り出すというのが
怖くて仕方ありませんでした。
そのため、トゲが刺さらないよう常に気をつけておりましたが
それでもトゲが刺さってしまうことがございます。



たいていは針でちょっと皮膚をほじくる程度でトゲは抜けたのですが
あるときかなり深いところまでトゲが入り込み
針をいつもより深く刺し込んでトゲを取る必要に迫られたことがございました。



しかしそんな恐ろしいことなど到底できず
私はそのトゲのことを親にも言わずに放置しておりました。
しばらくの間、そのトゲのことが気にかかって仕方ありませんでしたが
やがてすっかり忘れてしまい
どこにそのトゲが刺さっていたかも分からなくなってしまいました。



そしてそれからもうすでに40年以上もの歳月が流れております。
あの漫画の青年のセリフ、親や大人が話していたトゲの話は嘘だったか
もしくは極端なケースだったのでございましょう。



ところで、トゲと同様に、針についても怖い話がございました。
針が刺さって人間の体内に入ると、めぐりめぐって心臓に到達し
心臓を傷付けて死に至ることがある、と。



ひょっとするとあのとき放置していたトゲは
いつのまにか私の体の奥深くまで潜り込み
どこかまったく別の部位に到達しているのではないでしょうか。
まぁ針ではございませんので、心臓を傷つけるということは無いでしょうが
めぐりめぐって脳に到達してしまった可能性がございます。



私の妄想癖は、そのトゲのせいかもしれません.....






焦げる街




お目汚し、失礼いたします。



お暑ぅございます。
本日の大阪の予想最高気温は摂氏36度でございましたが
実際の気温はどれほど上がったのでございましょうか。



報道によれば都心では5日連続猛暑日だとのこと。
熱中症を警戒して水分補給やエアコンの稼動を適度におこなっておるのですが
いささかバテ気味でございます。



昼間、繁華街を車で走っておりましたら、救急車を見かけました。
老人が担架で運ばれていくところでございまして
見るとはなしに見ていたのですが
まるで死体か木乃伊かと見まがうような老人が横たわっております。
さすがに生きているらしく、少し身じろぎをしておりましたが
顔色が恐ろしく悪ぅございます。



最近、夜も暑くて満足に眠れません。
マンション住まいなのですが、エアコンをかけたまま眠ると
どんなに適温に設定していても、朝、体調が悪くなってしまいます。
それゆえ、夜は窓を開け放して眠っておりますが
あまりよく眠れません。



原因は暑さばかりではございません。
網戸が閉めてあるので蚊や虫の類に悩まされるわけではないのですが
隣近所も同様に窓を開け放しているらしく
そこから生活音が漏れてきて、それが気になるのでございます。



もちろん、夜中までテレビやラジオの音を垂れ流しにしているような
マナーの悪い住人はいないのですが
生活音というのは屁の音でございます。
私と同じように窓際で寝ている住人の屁の音が
ときおり降って湧いたように聞こえるのでございます。



それほど大きな音ではございません。しかし明らかに屁の音と分かるような
ブスッとかブルッとかいう音が聞こえてまいります。



連続して聞こえてくるわけではありませんし
すぐ隣からだけとか特定の住人の窓からだけというわけではないのですが
それがかえって私の好奇心を刺激…あ、いや、そうではなく
気になってしょうがないのでございます。



きっと普段は身だしなみに注意を払い
はしたないところを見せないように神経を尖らせているのでございましょうが
眠るときにこう暑くては、油断してしまうのでございましょう。
あの音は○○○号室の奥様だろうか。
意外と○○○号室の女子大生かも。
あ、でも○○○号室のいかついオッサンだったら萎えるなぁ。
でもあのオッサンなら、もっと豪快な音を立てそうだから
あの控えめな音はきっと○○○号室の美熟女に違いない。
ウーーンたまらん、自家発電へGOー!



そんな夢うつつの状態で時が過ぎ
気がつけば半覚醒のまま朝を迎えているのでございます。
また今夜も屁の音を耳にしながら何度も寝返りを打つことになりそうですが
考えてみれば夢うつつの中、私も屁を漏らしているかもしれません。
そしてその遠慮がちな屁の音を聞いた住人の男性が勘違いして
自家発電をやっていたとしたら、まことにお気の毒でございます.....






状況の原点




お目汚し、失礼いたします。



私は喧嘩というものをほとんどいたしません。
「 負ける喧嘩はしない 」というのが喧嘩の鉄則でございます。
そして私のようなヘタレで弱虫の人間が勝てる喧嘩などほとんどございません。
それが私が喧嘩をしない理由でございます。



そもそも喧嘩などしないに越したことはないのでございます。
喧嘩の後で仲直りができればいいのですが
後味の悪さや気まずい思いがお互いに残ってしまう場合がございましょう。
それに、何か適切なタイミングやきっかけで誰か仲裁に入る者がいなければ
喧嘩はいつまでも続いてしまい、キリがありません。



70年前の今日、世界中を巻き込んでおこなわれていた大喧嘩に
キリを付けようと、広島に爆弾が落とされました。
その3日後に同じ爆弾が長崎にも落とされたわけですが
あの爆弾を落とさなくてもキリをつける方法はあったかもしれませんし
あれは実験や研究も兼ねていたのでございましょう。



実験や研究はそれ以後も継続され、負ける喧嘩をしないため
あるいは、負ける喧嘩はしないという鉄則に拘束力を与えるため
爆弾は量産されていきました。
そして今、閉め切った四畳半の自室に有毒物の入った割れ易いガラス瓶が
身の置き所も無いほど山積みになっているかのごとく
地球上にはその爆弾が溢れかえっております。



そんな恐ろしい状況下では、今からちょうど70年前に広島を襲った
途轍もなく巨大な災いのことに思いが及ぶのは困難でございましょう。
人はただただ、そのような恐ろしい状況下で日々暮らしているということを
忘れようとするばかりでございまして、それは私とて同じでございます。
しかしこの恐ろしい状況下において
かろうじて保たれている均衡が崩れたときに起きるのは
他でもなく、70年前に広島を襲った途轍もなく巨大な災いなのでございます.....






活字のチカラ




お目汚し、失礼いたします。



私事で恐縮でございますが
私の今年の盆休みは8月13日から同16日まででございます。
まぁ当ブログの御訪問者様にとってはどうでもいいことなのでございますが
今年の8月は私、フトコロに余裕がございません。
そのため盆休み中、特に出かけるアテが無ければ
図書館で本を読むことにいたしました。



ところで、4年前に亡くなられた俳優、児玉清氏は
読書家としても有名でございました。
俳優やタレントとして忙しい生活をされるなか多くの本を読まれており
外国の著作については原書で読むこともあったようでございまして
まさに読書家の鑑とも言えるようなかたでした。



ラジオ番組の中で自らの読書について語る氏の言葉を
いくつか聞いたことがございますが
氏はよく、読書の楽しみは読むことによってその本の中に入り込むことができる
作品に精神を集中して空想や物語の中で自由になれることだ
というようなことを仰られておりました。



これはある意味、現実からの逃避を意味しているように思えて
最初、この言葉を聞いたときは、はっきり申しまして多少違和感がございました。
もちろん、氏が実際に現実から逃避する傾向にある人間だったかどうかは
別問題でございます。



しかし、そのような読書による現実逃避がある一方で
今やネットを介して自分の気に入った画像、動画が
簡単に入手できる時代でございます。
わざわざ活字で書かれたものを読んで想像力を働かせなくとも
画像や動画によって現実逃避はいくらでもできるのでございます。
それゆえ、読書という形で脳を働かせ
想像力を駆使して逃避する氏のスタンスは
いわば「 体育会系 」と言えましょう。



そういった体育会系の現実逃避は、容易には崩れない強靭さがございます。
むしろ写真やビデオで現実逃避をしていた人間は
そのよりどころとなる媒体が無くなってしまえば
あっさり現実と真正面から向き合う生き方をしてしまうような気がいたしますし
媒体をコントロールすることによって単純に洗脳されてしまうかもしれません。



それゆえ、常日頃、自家発電の燃料は画像や動画に頼っている私ですが
ポルノ小説の名作や文学作品のエロシーンを燃料にすることも重要だと
ときおり自らに言い聞かせている次第でございます.....






京風の味




お目汚し、失礼いたします。



吉本新喜劇の役者として活躍していた花紀京氏が今月5日亡くなられました。
享年78歳。御存知のかたもおられるかもしれませんが
花紀さんは日本における漫才の基本形を作ったといわれる漫才コンビ
横山エンタツ・花菱アチャコのお二人のうちの
横山エンタツ氏の御子息でございます。
しかし私が知っている花紀さんは
吉本新喜劇でいつも飄々としてとぼけたキャラを演じ
絶妙な間の取り方で人を笑わせるのがお得意な役者でございました。



ところで、こういった訃報の場合に限らず
関西在住、あるいは関西出身のタレント・芸人・文化人などが
何らかの形で吉本新喜劇に関するコメントを発するとき
ほとんどの場合、枕詞のように

「 子供のころは土曜日が半ドンで、学校から帰ると
 昼ごはんを食べながらテレビで吉本新喜劇を見るのが習慣になっていた 」

という余談がくっ付いてきます。



私も大阪府内で生まれ育ち、土曜の昼は吉本新喜劇を見ながら
コロッケをオカズに昼飯を食べていた子供だったのですが
そのころ私の地元では土曜の昼、吉本新喜劇以外に
藤山寛美氏が主役を務める松竹新喜劇がテレビで流れておりました。
藤山寛美氏の芸は、当時の私が見た印象では
間合いやボケを生かす芸という感じでございまして
私にとって松竹新喜劇は、どちらかと言えば
大人向けの喜劇というイメージがございました。



子供だった私が、間合いやボケを生かす大人向けの喜劇よりも
下ネタあり、不条理あり、立ち回りありといった
何でもアリで無理やりにでも観客や視聴者を笑わせようという
力技とスピード感に満ちた吉本新喜劇の方に惹かれていたのは
なにぶん、いたしかたないところでございました。
そして、そんな吉本新喜劇の中にありながら
間合いやボケで笑わせる花紀京氏の芸には独特の味がございました。



どちらかと言えばコッテリした大阪風の味付けの吉本新喜劇において
アッサリしていながら思わず笑ってしまう花紀京氏の演技は
何やら京都風の味がする異色の芸でございました。
それは今思えば、吉本新喜劇を見ながら
裏番組の松竹新喜劇も同時に見ているような
不思議な体験だったような気がいたします。



ともあれ、私のようなオッサン世代にとって馴染み深い喜劇役者が
またお一人、お亡くなりになったわけでございまして、実に残念でございます。
慎んで御冥福をお祈りいたします。






言葉の重み




お目汚し、失礼いたします。



本日8月15日は終戦記念日でございます。
私が小学生高学年だったとき、私のクラスの担任の教師は
「 敗戦記念日 」という名称でないのは
戦争に負けたわけではないという意識があるからだ
というようなことを申しておりました。



そして、先の大戦において諸外国に多大な迷惑をかけたことを
心から反省しているのなら「 終戦記念日 」ではなく
「 敗戦記念日」にするべきだというのでございます。
そういう名称にすることによって
あの大戦における戦争責任が日本にあるということを
明確にしろということなのでございましょう。



当時は私もその教師の言葉を鵜呑みにして
そういう名称であるべきだという思いがいたしました。
そして「 終戦記念日 」という名称にすることによって
戦争責任をはぐらかそうとしたり
まだ負けたわけじゃない、スキあらばリベンジしてやると
再軍備のチャンスを虎視眈々と狙っている勢力があって
「 終戦記念日 」というのはそういう勢力におもねったものなのだ
実にけしからんと憤慨していたものでございます。



しかし言葉というものにはそれなりの重みがございます。
「 敗戦記念日 」という名称が
あの戦争をリアルタイムで体験した日本国民を
どんな気持ちにさせるかと考えると
やはりそういう名称は使うべきでないという気がいたしますし
「 敗戦記念日 」という名称を使うことによって
歪んだコンプレックスにとらわれた過激分子が
危険な民族主義の台頭をもたらすことになりましょう。



戦争という蛮行に手を染めてしまったことを
検証し反省するのはもちろん必要でございます。
しかしもっと大切なのは二度と手を染めないこと
そのような芽を摘み取っておくことなのでございます。



今日という日を「 終戦記念日 」という名称にした先人
戦後処理にたずさわった当時のこの国の指導者たちに
私は敬意を表したいと存じます。






おんなの蹴り




お目汚し、失礼いたします。



演歌歌手の神野美伽さんが離婚されるそうでございます。
私、演歌というものにはあまり興味がないのですが
数多の演歌歌手の中で神野美伽さんだけは
なぜかいつも身近に感じます。



彼女がデビューしたてのころ、演歌歌手としては珍しく
神野さんのビキニ姿を披露したグラビア写真が
何かの雑誌に載っているのを見たことがあるのでございます。
とあるテレビのバラエティ番組に
デビューして間もない神野さんが出演しておられまして
司会者が持っていたパネルに、そのグラビア写真が映っておりました。



歌を披露するときの和服姿からは想像もつきませんでしたが
ビキニ姿の神野さんは驚くほど身体のラインがお綺麗でございました。
まるでグラビアアイドルのようでございましたが
そのとき御本人がおっしゃっていたのには
少林寺拳法をたしなんでおられるとのこと。
美しいプロポーションは、そのせいかもしれません。



少林寺拳法の心得があることを物語るように
写真の中で神野美伽さんは鋭い蹴りを放つポーズをとっておりました。
少林寺拳法をたしなむ演歌歌手。
しかもビキニ姿を披露したばかりか
その姿で少林寺拳法の蹴りのポーズをきめている。
当時の私が感じたところでは
女性の演歌歌手としては何やら異例ずくめのような印象がございまして
それが神野さんを身近に感じる原因なのかもしれません。



離婚されるとは実に残念でございますが
独り身になれば、もはや夫に気を使う必要もありますまい。
今ではさすがに身体のラインは多少崩れているかもしれませんが
再びビキニ姿を披露していただいて
鋭い蹴りを放つ神野さんの写真を
願わくば男の股間に向けて鋭い蹴りを放つ
鬼のような形相の神野さんの写真を見てみたいものでございます.....






事故赤面




お目汚し、失礼いたします。



中国の天津で起きた爆発事故は
死者数が100人を越える大惨事となっているようでございます。
あの国のことでございますから
どんなに大きな事故や悲惨な事件も死者数が50人以内に収まってしまう
と聞いておったのですが、必ずしもそうではないようでございます。
まぁ一部情報によれば、死者数は1000人を越えるとも言われておりますが。



そんな中、事故の深刻さをさらに上乗せするようなニュースがございました。
爆発の被害そのものはもちろんでございますが
現場の倉庫街には何やら有毒物質が保管されていたらしく
猛毒性の神経ガスが事故現場から検出されたとのこと。
化学兵器でも作って貯蔵していたのでございましょうか。



このニュース、中国の国営放送による報道だったのでございますが
現在、このニュース報道は見ることができなくなっているそうでございます。
中国政府による情報統制がおこなわれているのかもしれません。
化学兵器禁止条約の締約国がさようなものを作り置きしていたなどと知られたら
どんなことになりますかなぁ。
まぁ、情報統制をしたくなるのも無理はございますまい。



それにしても都合の悪いものを隠蔽し
ひそかに処分したりカモフラージュをかけたりするのが可能なのは
国家権力であればこそでございまして
私のような市井の一変態、いや一庶民には無理な話でございます。
もし私の実家で爆発事故でも起きればどうなりましょう。
押入れの中に隠してあるあんな本 (;´Д`) ε`*) や、こんな雑誌 (。人。)
あんなDVD 豸CこIiiつ ≫゜ )とか
こんなビデオカセット (゚∀゚(⊃*⊂) が路上に散乱し
それ以後、実家の近所を歩くときは常に赤面するハメになってしまいましょう。



ああ、私も都合の悪いことを隠蔽できる国家権力がほしい.....






科学的観点




お目汚し、失礼いたします。



先週のことでございますが、ちょいと妙なことがございました。
私の店の事務所にお客様をお招きしてお話をしていたのですが
商談がまとまりかけ、あと一歩で成約という段になって
急に用事を思い出したとお客様がおっしゃられまして
そのままそそくさと立ち上がり、私の店を飛び出して行かれたのでございます。



何か私が失礼なことを申し上げて気分を害されたのかと思案いたしましたが
思い当たるようなことはございません。
商談は順調で、提示した取引内容もお値段も
特に不満は持たれていないようでしたので、何やらあっ気にとられてしまいました。
これはいったいどうしたことでございましょう。



首をひねっているうちに、或る都市伝説のことがふと頭に浮かびました。
登場人物や状況に色々とバリエーションはあるようですが
夜、自宅で女性が友人と二人でくつろいでいると
突然友人がラーメンを食べに行こうと言い出す。
気乗りしない女性はしぶしぶ友人とともに外に出るが
途端に友人は女性の手を引っ張って全速力で走り出す。
何が何だかわからない女性に友人はこう申すのでございます。



「 あたし、見たのよ。ベッドの下の隙間に、大きな鎌を持った男が隠れてるのを!」



いわゆる「 鎌男 」の都市伝説でございます。
あのお客様は、私の事務所のどこかに
鎌男が隠れているのを見つけたのでございましょう。
そんなことはあるまいと思いながらも
事務所の中を多少ビビりながら私は調べてみました。
応接机の下や事務机の下を見て回りましたが
鎌男はもちろん、オカマもカマキリも見かけません。



ただ、ゴキブリが一匹、ゴミ入れの向こうから
アタフタと逃げて行っただけでございます。
しかしこれで十分でございましょう。
お客様は男性でしたが、ゴキブリ嫌いは女性に限ったことではございません。
商談のおり、事務所内のどこかを動き回るゴキブリの姿を
お客様が御覧になったのでございましょう。



事務所はきれいに掃除してあったのでございますが
その生命体としての歴史が人類よりも古く
核戦争後も生き延びるであろうといわれている強靭な生き物には、どこ吹く風。
契約を勝ち取るためのノウハウを綴ったビジネス本を書店でよく見かけますが
ゴキブリの生態の研究について綴った科学の本も
ビジネスの場においては必要ではないか。
経済学的見地だけでなく、科学的観点から見た現象も
ビジネスの成功を左右する重要なファクターではないか。
そんな風に感じた次第でございます.....






特殊なオツム




お目汚し、失礼いたします。



昨年12月、危険ドラッグ愛用者の男が
アパートの隣人女性に刃物で切り付けて逮捕されました。
その公判が昨日おこなわれたのですが、この男
法廷ではかなりアグレッシブでエキセントリックな言動に及んだようでございます。



罪の意識を問われて逆ギレしたり
自分が犯した犯罪行為について責任転嫁をしたりと
それはもう言いたい放題だったのでございますが
どうやらこの男、かなり勘違いをしているようでございます。
原告の検察官が女性だということで、なめていたのかもしれませんが
被告を油断させてなりふりかまわぬ言動で泳がせ
心証を悪くさせようという検察側の魂胆を
この男は気づいていないようでございます。



しかも女性の検察官でございますから徹底的に追い詰めるでしょう。
求刑満額、ヘタをすればそれ以上の刑を食らうことは
覚悟しておいた方がいいかもしれません。
まぁ、このような男が早々にシャバに出てくるのは
危なっかしくてしょうがありませんので、公費がもったいないことは別として
刑期が長いに越したことはないのですが。



ところで逮捕されるときにこの男が発した
「 シェシェシェのシェ~!」という奇声が有名になっておりますが
どういうつもりでこのような声を発したのでございましょう。
その由来や語源が気になるところですが
この言葉、私たちオッサン世代にとっては
ある意味、懐かしい言葉を連想させてくれまする。



かつて1960年代にギャグ漫画で一世を風靡した漫画家
故・赤塚不二夫氏の創造したキャラクターに
フランスかぶれの「 イヤミ 」という名の男がいるのですが
この男が驚いたりキレたりしたとき
両手と片足を互い違いに曲げてジャンプしながら「 シェー!」と叫びます。
このパフォーマンスは一時期かなり流行いたしまして
あの世界的に有名な怪獣のゴジラでさえ演じたこともあるぐらいでございます。
男の発した奇声は、このイヤミの
「 シェー!」に由来するものであるような気がいたします。



また、もう一つ連想いたしますのは、今度は劇画なのですが「 ゴルゴ13 」。
その主役のスナイパー、デューク東郷が、敵に手刀を打ち込むときに
「 シェッ!」という空気を切るような、あるいは気合のような音が発せられるのですが
この音に由来しているのかもしれません。男が警察に逮捕される際
デューク東郷が「 シェシェシェッ!」と素早く手刀を繰り出して抵抗するさまが
その脳裏には浮かんでいたのかもしれません。



男はまだ30歳前後だとのことで
赤塚不二夫氏やイヤミ、あるいはゴルゴ13に関してよく知っているのかどうか
微妙なところでございますが、もしそうだとしても
漫画や劇画に出てくるセリフや効果音のようなものを
警察に逮捕されるときに発するような人間のオツムは
かなり特殊なものだと言わざるを得ません.....






K-PROPAGANDA




お目汚し、失礼いたします。



今月4日、韓国と北朝鮮の間に設定された非武装地帯で
韓国軍兵士が地雷を踏んで負傷するという事件が起きました。
韓国は北朝鮮が地雷を仕掛けたと主張し、北朝鮮はこれを否定
両者は拡声器によるプロパガンダや砲撃による軍事的行動によって
互いの主張を譲らず緊張状態が続いておりましたが
先日、協議の結果、玉虫色の決着でケリが付いたようでございます。



ところで、この拡声器によるプロパガンダですが
北朝鮮側はこれに対してかなりナーバスになっていたようでございまして
この件について韓国側を激しく非難し
拡声器を徹底的に破壊するという趣旨のことを申していたそうでございます。
この拡声器、高出力のスピーカー約40個で構成された4m×3mのもの。
昼間は約10km、夜間は約24km先まで音が届くのですが
この拡声器を使って北朝鮮に向けて
11ヶ所の拠点からプロパガンダをおこなっていたとのこと。



韓国側によるプロパガンダはラジオを介してもおこなわれているようですが
妨害電波を使えば北朝鮮側での視聴を阻止できるようですし
インターネットを通じてのプロパガンダも
アクセスを規制することによって情報の閲覧を遮断できるでしょうが
拡声器によるナマ放送にはひとたまりも無いようでございます。
それにしても、兵糧攻めや武力行使よりもプロパガンダを恐れるというのは
それだけ北朝鮮国内の人心が不安定であり
国家の基盤がゆるんでいるということなのかもしれません。



韓国側は拡声器を使ってK-POPまで流していたそうでございます。
いかにも韓国らしい悪ノリでございますが
悲しいかな、北朝鮮にその悪ノリに対抗するようなものがあるとは思えません。
まぁ、K-POPを聞いて北朝鮮の兵士なり人民なりが心動かされるというのも
甚だ疑問ではございますが
もしプロパガンダが続行されていたらK-POPのみならず
チゲ鍋、プルコギを作る料理中の音や、美味しそうな咀嚼音
Hを優雅に楽しむ夫婦の会話や喘ぎ声
行為の最中の湿った音などを流すまで悪ノリは続いていたでしょう。
なにしろああいう国でございますゆえ.....






山と谷のブルース




お目汚し、失礼いたします。



とあるラジオ番組のパーソナリティが申しておりました。
人生というものは山あり谷ありなのだから
トータルで見れば㌧㌧だというのでございます。
これは、落ち込んでいる人を慰めるには良い言葉でございますが
そうでない人間にとっては、トータルで見て㌧㌧という人生
あまり面白みがあるとは言えません。
やはり谷よりも山が多く、しかもその標高が高いに越したことは無いでしょう。



そのためには自ら進んで山を上っていくしかございません。
しかし「 山あり谷あり 」ですから、上れば落ちることもあるわけでございまして
そのリスクを考えると、積極的に上っていくというのは躊躇せざるを得ません。



私の場合、これまでの人生を振り返ってみますと
やはりそういうリスクを警戒し、積極的に上るということは控えておりました。
で、代わりに何をしたかと申しますと
谷の状態のときにスコップや掘削機を使って穴を掘り
谷を余計に深くいたしました。
「 人生、山あり谷あり 」だから、谷が深ければ深いほど
次に山になったときはそれだけ標高も高くなるという理屈でございます。



しかしそんなことをしても谷が深くなるだけだと最近ようやく気づきまして
もはやそのような馬鹿げたことはいたしておりません。
そして今では、私は谷を掘り下げていたのではなく
実は山を切り崩していたのではないかという
イヤ~な思いに責め苛まれる毎日でございます.....