寄生銃






お目汚し、失礼いたします。



米国はジョージア州の中学校において先月末
教員による銃の発砲事件が起きております。
米国においては先月半ば、フロリダ州の高校で銃乱射事件が勃発し
生徒ら17人が死亡するという凄惨な事件が起きたばかりでございます。
しかも学校や10代の少年少女に関連のある銃撃事件が
今回のものを含めれば今年になってからすでに20件近くも起きているとのこと。



さっさと本腰を入れて銃の規制をしろよと思うのですが
もう耳にタコができるほどその名を聞かされた「 全米ライフル協会 」の圧力と
アメリカ合衆国憲法修正第2条によって根本的な規制が不可能な状態でございます。
この修正第2条には解釈がいろいろとあるようでございまして
これは一般市民が銃を所持する権利を認めたものではないと主張する意見もありますが
米国連邦最高裁判所の判例はその見方を退けております。



銃を持つ権利を規制できないのなら、それを持つ人間の方にかなり厳格な規制をかけて
持てなくしてやればいいと思うのですが、これも個人の自由に関わってくる問題となるため
ある程度は規制できても根本的にはダメということになりまする。
ことほどさように米国においては銃器は生活の一部と化しているようでございますが
考えてみれば実に危険で、なおかつ不気味な話でございます。
岩明均の漫画「 寄生獣 」は、人間になりすまして社会に浸透し
突如襲い掛かってくる人食い生物のことを描いておりましたが
米国はまさにこの「 寄生獣 」ならぬ「 寄生銃 」が浸透した社会と言えましょう。



銃も自由も規制はダメ、規制が規制を受けて寄生銃を規制できないというわけでございまして
これはもうお手上げでございます。
しかし人が死の危険にさらされることがわかっていながらそれを排除できないというのは
何も銃に限ったことではないかもしれません。
現にわが国では高齢者による車の運転事故が頻発し、何人も人が亡くなっているにもかかわらず
認知症老人や運転技能が衰えたロートルドライバーから強制的に免許を取り上げて
運転行為を規制するということもせずに野放し状態でございます。



規制というのは色々とむずかしいものでございます。
私も自らのオナニー癖を規制するのに人生の大半をかけて悪戦苦闘してまいりましたが
結局、規制が功を奏したのは自身の精力が衰え始めた50代になってからでございます。
まぁ規制が功を奏したというよりも、規制する意味がなくなった、といったところでしょうが.....





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プロとアマの差






お目汚し、失礼いたします。



最近、森村誠一氏のミステリー小説を何作か読みました。
比較的読みやすく、またそれなりにおもしろいのですがちょっと気になるのが
作品によく登場する棟居弘一良という警視庁の刑事でございます。
この刑事、森村氏の作品で映画化もされている「 人間の証明 」において初登場した刑事なのですが
その後も森村氏の作品には長編・短編に主役や狂言回しとしてたびたび登場しているようで
少なくとも私の印象では石を投げれば棟居に当たる、森村読めば棟居現るというありさま。



映画化された「 人間の証明 」で棟居刑事を演じた松田優作のイメージが強いため
小説の方の棟居刑事には私は違和感を感じますが、それはともかく
このように同じ登場人物を自らの作品に何作も登場させるというのは
作家にとっては楽しいことではないだろうかという気がいたしますし
創作のモチベーションを高めるのにはイイ肥やしではないかと存じます。
また何度も登場させることで、そのキャラクターに興味を持った読者や
その魅力にハマったファンが次も読んでみたい、次回作を早く書いて欲しいと願うことになり
作家本人にとっても出版社にとっても美味しいことになりましょう。
現に私も、棟居弘一良というキャラクターに惚れたわけではございませんが
これだけ何度も登場するなら、棟居刑事が登場する作品を
片っ端から読んでみようかと思ったりもいたします。



もっとも、作中のキャラクターが作品の人気の大きなウエイトを占めるようになると
作家としてはその扱いに際して慎重にならざるを得ません。
不用意にキャラの境遇や生活環境、性格や思想信条を変えてしまうと
私のようなニワカや通りすがりはもちろん、熱心な古くからのファンまで遠ざかってしまうでしょう。
そういうことを気にしながら作品を書いていくというのは、さぞかし骨の折れることでしょうし
作家本人が気に入ってないのにもかかわらず、ファンや出版社の要請で
仕方なく登場させているという場合も当然あるでしょう。



作家が同じキャラクターを使って作品を書いていく場合は
こういったファン目線を意識しなければならないことも重要ですが
他にも色々と大変なことがありそうでございます。
たとえば、同じキャラを脇役ならまだしも主役に据えて何作も登場させると
各作品間での厳密な整合性が要求されることになります。



私も以前、同人誌に投稿をしていた頃、一人のキャラクターを主役もしくは狂言回しにして
何作も書くというのをやってみたくて、一作だけその手のものを書いて投稿したことがございました。
吸血鬼を狂言回しにした作品でございまして、3作目までプロットができあがっていたのですが
結局、投稿はおろか書くのさえ断念いたしました。
書けば書くほど資料調べや先々までの伏線の張り方が大変だなということに気づいて
しんどくなったのでございます。
まぁ実際は、某映画のパクリのように思えてきて嫌気がさしたというのが正直なところですが。



このように同じキャラクターで何作も小説を書くというやり方は
楽しみと同時に苦しみを伴うものでございます。
この苦しみが楽しみを凌駕すると、私のようなアマチュアでおまけに筆力の無い人間には
そういった書き方を続けることが困難になってまいります。
おもいっきり変態チックでいやらしいキャラを創造し、そのヒーローもしくはヒロインに
何作にもわたって八面六臂、千変万化、縦横無尽の大括約をさせるという
楽しさ満載な官能小説を書くときでさえ、書いているうちに妄想が膨らみ、股間も膨らみ
そうなると作品を書くこと自体が苦痛となり
作品を書くことよりもマスをかくことを選んでしまうものでございます。



プロとアマの差はまさにココにございます。
すなわち「 作品 」を選ぶか、「 オナニー 」を選ぶかということでございます.....





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現世のあれこれ






お目汚し、失礼いたします。



数々の映画やテレビドラマ、最近ではバラエティ番組にもと
活躍の場を大きく広げていた俳優の大杉漣氏が先月21日、亡くなっております。
66歳だったそうでございまして、これからまだまだ俳優として演技の幅が広がっていたかもしれず
残念なことでございます。
亡くなる時はロケ先の地元の病院で俳優仲間に看取られながら逝去されたとのこと。



不謹慎かもしれませんが、ドラマチックな最期だと言えるかもしれません。
大杉氏、役者としては下積みが長かったようで、そんな人物が脇役とはいえ世間の脚光を浴び
大輪の花を咲かせようとしていた矢先、俳優としての仕事に向き合う中で倒れて帰らぬ人となる。
しかも同じく下積みの長かった俳優仲間たちに見送られながらあの世へと旅立っていく。
志半ばという感が否めませんが、ある意味、役者冥利に尽きるような最期だったのではないでしょうか。



人間、誰しもいずれは死んでしまうものですが
それがどのような形になるのか、誰にもまったくわかりません。
大杉氏のように旅先での突然の死でありながら、
親しい人々に囲まれて亡くなるという最期を自分も迎えてみたいものですが
なにぶん私、片付けねばならないこと、やり残している事が数多くございます。
病院のベッドで息を引き取ろうが道端で野垂れ死にをしようが
突然の死を受け入れることに吝かではないのでございますが
やはり逝く前には心残りとなることが片付きケリが付くことが望ましゅうございます。



それゆえ、だんだん終活なるものを意識し始める今日この頃
そのときが来るまでに身ぎれいにしておこうとは思うのですが
自分が抱えているもの、何とかしなければと歯痒い思いをしている懸案
頭の痛い問題、決めかねていること、エトセトラ、エトセトラが山積みになっている状態を思うと
自分にはとてもそんなことは無理じゃないか、未練を残したままこの世を去ることになるのではないか
そんな思いが日ごとに強まっております。
物事を先送りにせず、もっとてきぱきと行動し決断する。即断即決即行動。
そういった人生を歩んできていたなら、こんな落ち着かない思いをせずに済んでいたでしょう。
優柔不断な性格のツケが回ってきたのでございます。



せめてあの世に逝ってからは、二度とこのような失敗は繰り返すまい。
そう固く心に誓った私、山積みとなった現世のあれこれについては
とりあえずあの世に行ってからどうするか考えるつもりでございます.....





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例え話






お目汚し、失礼いたします。



去年から尾を引いている森友学園問題が、ここに来て再燃しているようでございます。
この問題、いずれ自然消滅のような形で沈静化するか
人の噂も何とやらで、うやむやのまま忘れ去られてしまうかと思っていたのですが
何やらのっぴきらない証拠めいたものが出てきた上に関係者が自殺してしまったため
蜂の巣をつついたような騒ぎになっております。



私のようなボンクラには事の真相が何なのか全く見当もつきませんが
政府や官僚サイドの一連の動きから見た印象についてだけ言わせてもらうなら
この森友問題、パッチを当てすぎたソフトウエアという感が否めません。
OSやアプリの脆弱性・バグなどを修正するためにネットを介してアップデートがおこなわれますが
その修正部分すなわちパッチが多すぎて
ソフトウエアそのものが破綻してしまったような印象がございます。
もちろん私はこの方面に関して門外漢ですので
パッチの当てすぎでソフトウエアが破綻するということがあるのかどうかは存じません。
そのため、例えとしては不適切かもしれません。



ではオセロに例えてみてはいかがでしょうか。
盤面に置かれた黒い石を、周りが忖度して白い石ではさみ、白にした。
ところがそれを良しとしない連中が周りを黒い石ではさんで黒にする。
それをまた白い石で囲んで白にしたものの、また黒に変わり、また白に戻し……
という具合に繰り返していくうちに結局、盤面の石が全部黒になった状態でゲームセットになった。
そんな状態に似ているような気もしますが、石そのものが白か黒かが問題なのであって
オセロに例えるのはちょっと不適切なような気もいたします。



まぁ例え話はさておき、今日までテレビ・ラジオ・ネットでこの件が取り沙汰されるたびに私
何か疚しい事があったんジャマイカと思いながらも
よくある日常的な次元での行き違い・誤解の類ではないかという気がいたしておりました。
しかし国会に提出される官僚の文書に改竄レベルの書き換えがあったという事実が発覚した以上
たとえそれが疚しい事に利用される書き換えでないにしろ
やはり留意すべきことではないかという気はいたします。



稲田元防衛大臣の辞任のきっかけとなったPKOの日報データの問題にしろこの件にしろ
こういった書き換えたり隠匿したりといった手法が何らかの疚しい事に利用される際
よく「 握りつぶす 」などという言い方をいたしますが
女王様が奴隷の金玉を握りつぶすのとはわけが違って、かなり深刻な問題でございます。
まぁこれも例えとしては不適切かもしれませんが.....





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はやく人間になりたい






お目汚し、失礼いたします。



昨日、某動画配信サイトで往年のテレビアニメ「 妖怪人間ベム 」の最終回を拝見いたしました。
なんでもこのアニメ、今年で放映後50周年になるとのことで
その記念企画として当時の作品やコメディテイストの新作ショートアニメが
そのサイトにおいて配信されておりまして
懐かしさに絆された私、毎週木曜に更新される50年前の作品を見ておった次第でございます。



このアニメ作品、一応ホラーアニメではございますが
今時のものと比べれば「 お子様ランチ 」のようなもの。色々とアラはございますし
今ではちょっとオンエアしかねるような部分が編集されて不自然になっておりましたが
とはいえ、あらためて見てみるとジャズが主なBGMとして使われていたりして、なかなか興味深く
物語の舞台が日本ではなく、アメリカやヨーロッパなどの外国だというのも独特ですし
また主役の3人がいろんな街を旅しているという設定や一話完結という作りも
見る側としては手軽な感じがいたしまして、半世紀前にリアルで見ていた私としてはけっこう楽しめました。



ところでこのアニメの最終回については、その内容を知っておられる御同輩もいらっしゃるかと存じますが
何やら悲しい結末となっております。
この世の中、報われないことや理不尽なことがほとんどで
甲斐のあることや納得のいくことがいかに少ないかというのは誰しも感じるところでございましょう。
子供の頃この最終回を見たとき、そういったことを意識せずに見ていたため
それほど強い感銘は受けませんでしたが
何回か再放送がなされたのを見て、また私自身が長じるにつれて
3体の妖怪人間のこの時の思いや、彼ら自身の運命についての選択に対して
感慨深いものを見出すようになりました。



人間誰しも孤独でございます。
しかし孤独であるからこそ、その人間にしかわからないもの、その人間しか気づかないこと
その人間しか持っていないある種のノウハウがあるものでございます。
ベタな物言いになるかもしれませんが、このアニメの最終回はそういったメッセージを発して
孤独に苦しむ人間に勇気を与えようとしているように見えました。



かく言う私も、自身のおかしな性癖、奇妙なフェチズム、やめられない自家発電に悩み
孤独に苦しむ時期がございましたが
「 妖怪人間ベム 」の最終回が描こうとしていたものを意識するようになってからは
「 はやくマトモな人間になりたい 」と思わなくてもいい。
また、あえてマトモな人間にならなくてもいいんだと考えるようになり
自分自身が変態であることを認め、変態にしかわからないモノ、変態しか気づかないコト
変態しか持っていないある種のノウハウがあるのだという勇気を得ることができました。
変態であることに積極的な意義を見出したのでございます。
これは私にとって人生上の大きなターニングポイントでございました。
そして今日に至るまで私、その変態としてのポリシーに誇りを持って生きてきたわけでございます。



まぁ今となっては、それは大いなるカン違いではなかったかと思うこともございますが.....





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椅子の良し悪し






お目汚し、失礼いたします。



森友問題における一連の書類改竄疑惑の責任者として
元国税庁長官の佐川宣寿氏が国会での証人喚問へ呼び出されることになったようですが
この佐川氏をはじめとする財務省官僚
特に予算の編成に関わる主計局に所属する官僚のエリートぶりや優秀さが
この前の休日、テレビの某情報バラエティ番組において取りざたされておりました。
元財務省官僚の山口真由という女史が出演し、その辺のことを色々と話しておりまして
まぁ確かに財務省には東大卒の人間が多いと言われておりますゆえ
そこで働く役人が頭がよくて仕事ができるというのはわかりますが
一般の人間とあまりにも異なるスーパーマンや化け物のような扱いをするのもどうかと存じます。



番組では1989年におこなわれた運輸省( 現・国土交通省 )と大蔵省( 現・財務省 )主計局の間の
復活折衝の様子がビデオで流れておりまして、こういった予算の配分の交渉において
財務省の主計局の役人の方が相手省庁の役人よりも格下であるにもかかわらず
対等に交渉していることを引き合いに出して
財務省主計局の役人のエリートたる所以を強調しておりましたが
正直なところ、そんな大げさなことかという気がいたします。
財務省主計局は予算を組むのが仕事でございまして
他省庁はその予算編成のプロを相手に話をしているのでございます。
畑違いのプロを相手に自分よりも役職が上だ下だと申すのは、変でございましょう。



また山口真由氏はこのビデオを見て
運輸省の人間が安物のパイプ椅子に座っているのに対して
財務省主計局の人間はそれよりもイイ椅子に座っている
やっぱり他の省庁とは違うんだというようなことを申しておりました。
しかし私が見たところ、両者とも同じような椅子に座っているように見えましたし
椅子の良し悪しで役人としてのレベルが決まるわけでもございますまい。



まぁこれがパイプ椅子ではなくバイブ椅子なら、また話は違ってまいりましょう。
たとえば主計局の役人が他省庁の予算折衝係の男たちを一堂に集め
座面に電動コケシが植わっている椅子を指差してこんなふうに申したといたしましょう。

「 さぁおまえら。今からこのバイブ椅子にズッポリと腰をおろすんだ。
 そして真っ先にイったやつのところには無条件で予算を通してやる。それ以外のヤツは出直しだ 」

ズラリと並んだバイブ椅子を前にして、主計局のあまりの無茶振りに顔をしかめつつ
ズボンとブリーフをおろし、上着を捲り上げながらしぶしぶ腰をおろす他省庁の男たち。

「 く…… 」
「 ううううう……ううう…… 」
「 あっ……ああ…… 」

蠢く張り形が肛門内部にもぐり込んでいく苦痛に耐えながら
皆一斉にゆっくりと腰をおろしていくわけでございまして
中にはあまりの苦痛に耐えられず、歯を食い縛りながら中腰になっている官僚もいることでしょう。

「 だ、ダメだ~! 無理無理無理無理!」

そこへ主計局の役人がおもむろに近づき、その官僚の両肩に手を当てて押さえつけ
思いっきり強引にバイブ椅子に座らせるのでございます。

「 うっ! な、何を…ううっ! アッ━━━!」

まるで顔が溶けているかのように顔面にネットリと脂汗を浮かべた官僚が悲鳴を上げ
主計局の役人は下卑た笑みを浮かべて申します。

「 ほぅ~ら、やればできるじゃないかぁ 」



他省庁の官僚がこのような椅子に座らされているのなら
確かに山口真由氏のおっしゃることもごもっともでございましょう。
とはいえ、こっちの椅子の方がイイと申す好事家も、世の中には存在するものでございます.....





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無駄骨






お目汚し、失礼いたします。



前回は何やらかなり妄想の度合いがキツい記事を書いてしまいまして、失礼いたしました。
そこで引き続き財務省の改竄問題に関して
今度は至極マトモな記事を書こうかと存じますのでよろしくおながいいたします。



この改竄問題について、元国税庁長官の佐川氏を証人喚問に引っ張り出すことで
何か真相解明の糸口がつかめるかもしれないと
政権に対抗する勢力は躍起になっているようですが、仮に疚しいことがあったとしても
そもそも関係者がみんな「 忖度 」をして「 阿吽の呼吸 」でおこなったことでございましょう?
各自が頭の中で考え、それがテレパシーのように伝わり、その伝わったとおりに行動したとしたら
常識的に考えて物理的な証拠は何一つ残っていないわけでございます。



仮に何か政権側から圧力もしくは命令のような発言や指示があったとしても
書類とか音声もしくは映像のデータとして残っていなければ、クロだと決め付けるわけには参りません。
つまり、こんなものは誰をどんな証人喚問に招致しようが、何も出て来るわけは無いのでございます。
たとえ何かあったとしても関係者は決して喋ろうとはしないでしょう。
それこそどこぞの海外ドラマのように大統領の署名付き恩赦証明書を交付するか
拳銃をこめかみに突きつけたり電気拷問にかけたりしない限りは誰も何も話しますまい。



野党は 「 アッキード事件 」と称して、此度の森友問題の火種となった
安倍首相夫人の昭恵氏の証人喚問も視野に入れているようですが
昭恵氏の浅はかさがこの一件を引き起こしたとはいえ
その昭恵氏を喚問したからといって、どれほどの効果が期待できるか疑問でございますし
そもそも証人喚問として成り立つかどうかも疑問でございます。
なぜかと申しますと、もし証人喚問がおこなわれる場合、昭恵氏の喚問は日本全国はもちろん
ネットで中継されていれば世界中から衆人環視状態になっているかもしれないのでございます。
そしていかに浅はかだと言われても、そのぐらいのことを自覚できない昭恵氏でもございますまい。



宣誓書の署名を終え、喚問が始まるや否や、そのことを意識した昭恵氏が
( いやだ……あたし、見られてるんだわ )と気分が高ぶるのは想像に難くありません。
そして証人として質問に答える間に気分の高ぶりはどんどん大きくなり
「 安倍昭恵くん 」という議長の呼びかけにも上の空
目の焦点は合わず、無言で立ち尽くすようになってしまいましょう。
そして、ああ、みんながあたしを見ている。世界中の人間があたしを見ている
という意識はますます強くなり
「 安倍昭恵くん。証言は迅速にお願いします 」という議長の声も
まったく聞こえなくなるのでございます。
やがて激しい胸の動悸とともに( あら、やだ。なんだか変な気分…… )と感じた昭恵氏
( ああ……どうしたのかしら、あたし…… )と、股間に手が行ってしまいましょう。



そうなるともはやあとはテーマパークの絶叫マシンに魅せられたかのように
真っ逆さ~ま~に~ 落ちて desire~♪
( あぁ~どうしましょう……あたし、もうだめ。我慢できない )とスカートの裾から手を入れて
マンズリを始める首相夫人。
それを見ながらテレビの前でセンズリをおっぱじめる全国の独身中年、ヤモメ老年。
最前から夫人の様子がおかしいことに気づき
これは思わぬ拾い物とばかりにスタンバっていた熟女マニアの彼らは
テレビ画面の向こう側にいる首相夫人とともに桃源郷へと誘われるわけでございます。
そうなるともはや証人喚問どころではございますまい。



世界中にそのような恥を晒すリスクを背負ってまで証人喚問をやるというのならおやりなさいまし。
たとえそうならないにしても、無駄骨を折るのが関の山ではないかと存じますが.....





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