目は口ほどにモノを言い

目は口ほどにモノを言い






お目汚し、失礼いたします。



半年ほど前のことでございます。
私と同年代の50代のお客様のところへ商談のために出かけてまいりました。
このお客様、個人で小さな不動産会社を経営しておられる社長でございまして
土地や建物を売ったり、賃貸契約の仲介をしたり、不動産の管理を請け負ったりと
手広くやっておられるのですが、ギラギラ・ガツガツした印象は無く
50代半ばといった年齢にもかかわらず、おだやかな青年のような風情のかたでございます。



ただ「 目は口ほどにモノを言い 」と申しましょうか
不動産業という生臭い商売を営んでおられるせいか
いついかなるときでも目が笑っておりません。
私と話をしているときも笑みを浮かべたり、軽く笑い声を立てたりはされるのですが
目の奥に宿っている光がどこか冷めておりまして
油断や隙が漏れ出るのを封じているように見えるのでございます。



流石だなと思いました。
場合によっては魑魅魍魎のような人間を相手に商売をすることもあるでしょうし
時として大きなリスクを伴うような取引をすることもあるでしょう。
あの冷めた目はそういった中で培われた武器のようなものなのかもしれません。
俺はみすみす騙されたり舐められたりするような人間ではないぞと
アピールしているのでございます。



しかし同時に脇が甘いなという印象も受けました。
確かにそのかたの目からは百戦錬磨の香りが漂い
一筋縄ではいかない相手だという雰囲気が立ち昇ってはおりますが
「 衣の下から鎧が見える 」などと申します。
威圧感や本音が私ごとき者に見透かされてしまうようでは
相手から逆に手玉に取られてしまいそうな気もいたします。



ともあれ、「 目は口ほどにモノを言い 」とはよく言ったものだと感心しておりますと
この社長よりも一回り年下と思われる女性がお茶を運んでいらっしゃいました。
聞けば年の離れた社長夫人だとのこと。
運ばれてきたお茶を賞味しながら「 若くてお綺麗なかたですね 」と申し上げましたが
なぜか御本人も社長もノーリアクションでございます。



はて、何か失礼なことをやらかしただろうかと不安になりましたが、すぐに合点がいきました。
目は口ほどにモノを言い、でございます。
「 若くてお綺麗なかたですね 」などと言いながら
私の目にその言葉を裏打ちするようなものが皆目見受けられなかったので
見え透いたリップサービスだということがバレバレだったのでございましょう。



そこで私、ちょっと失礼してトイレをお借りすることにいたしました。
トイレの個室で股間のイチモツをひとしきりこすり上げ
ズボンの前を膨らませた状態で再び社長夫妻の前に姿を現し
「 いやぁホントにお二人とも美男美女で惚れ惚れいたします 」と
目をギラギラ・ガツガツ充血させながら申し上げることにしたのでございます。



とはいえ、そうなった場合「 目は口ほどにモノを言い 」と申しますより
「 衣の下からチンコが見える 」といったところでございましょう。
まぁこんなことをしても私の商売人としての社会的価値が上がるわけもないですし
社長の目の奥に宿っている冷たい光の輝きが増すばかりでございましょうから
意地を張るのはやめにして、トイレをお借りするのは見送った次第。



今思えば私、イイ年をしてその社長と張り合おうとしていたのかもしれませぬ。
かたや小さくとも堅実な不動産業経営者、かたや吹けば飛ぶようなチンポの毛
おっと失礼、吹けば飛ぶようなちっぽけな自営業者でございます。
無意識下にあるそんなコンプレックスに衝き動かされ
私の目の奥にある「 世辞 」という薄っぺらな意図を見透かされまいとして
年甲斐も無い愚行に走ろうとしたのでございましょう。
忸怩たる思いがいたしました.....





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猥褻順位






お目汚し、失礼いたします。



先月20日、夜11時代のテレビのニュース番組「 NEWS ZERO 」において
栃木県のコンビニ店長がやらかした猥褻行為のニュースを
女性アナウンサーがトップニュースとして報じておりました。
このニュース、御覧になった方も多いかと存じます。
この日は与党総裁選がおこなわれ
安倍晋三氏が三選を果たしたという大きなニュースがあったはずなのですが
一体全体どういう優先順位になっているのか「 おまんちょ 」と口走り
ズボンのチャックから「 レッドスネーク、カモ~ン♪」とばかりに手を突き出すコンビニ店長の姿が
トップニュースとしてテレビ画面を席巻しておりました。



何やら首を傾げたくなるようなチョイスでございまして
マスコミの考えていることはよくわかりませんが
私の貧弱な想像力を精一杯駆使したところでは
これは普段から安倍氏嫌いのマスコミが、まんまと三選を果たした安倍氏に対して

   「 おまえが三選されたことなど
    この栃木の変態オヤジの愚行ほどの価値も無いのさ。
    フン、このいやらしいオッサンのニュースをトップに持ってきて
    おまえの神経を逆撫でしてやるからな 」

というイヤミを表明したのではないかということでございます。
つまり確信犯的にやったのではないかということでございますが
それが事実だとしたら実に大人気ない所業。



そしてもう一つ私が今回首を傾げたくなったのは
この変態店長が発した「 おまんちょ 」という言葉がピー音でかき消されていたことでございます。
YouTubeには、かき消されたこの言葉「 おまんちょ 」を聴けるのはもちろん
店長の素顔やヅラをかぶった頭など、すべて閲覧できる動画がアップされておりましたが
地上波テレビがこの店長の顔にモザイクをかけたのはいたしかたないとしても
「 おまんちょ 」という言葉にまでピー音をかけたのが私には納得できません。



この「 おまんちょ 」という言葉、東北の方では女性器の俗称とのことで
そのために自主規制されたようなのですが、言葉は所詮言葉でございます。
東北人以外の人間にとっては「 おまんちょ 」が何かわからない場合もありましょうし
単なる言葉を発するのはNGで
股間のチャックから手を出して動かす映像はOKだというのが不自然でございます。
卑猥さや下品さ、不快さからすれば、こちらの方がキツイでしょうし
潔癖症の私としては、小便をするための社会の窓から出し入れした手で
コンビニの店長がレジ袋に商品を入れている様子が映っているのが
耐え難く不快でございます。当分7-11には行くまいと決めました。



この映像を堂々とオンエアしておきながら
その一方でなぜ「 おまんちょ 」という言葉はかき消さねばならないのか。
女性器の方は見せるのはもちろん、その名称さえ口にするのは憚られるのに対して
男性器をネタにしたジョークやパフォーマンスは大目に見るということなのでしょうか。



そういえばJリーガーの三浦知良氏が会心のプレーをしたときに見せるカズダンスに
モザイクがかかったのを見たことがございません。
また私が小学生だった頃にオンエアされていた
往年のプロレスアニメ「 タイガーマスク 」において
ヒーローであるはずのタイガーマスクが反則技の急所打ちを受けて股間を押さえながら
ピョンピョン飛び跳ねて苦悶するシーンがございましたが
これもそのままオンエアでございます。
とにかく明るい安村やアキラ100%などの芸は堂々とテレビでオンエアできるのに
女性がテレビで似たような芸をすることは許されていないようでございます。



ダブルスタンダードとまでは申しませんが
わが国においては男性器と女性器では猥褻順位が異なるようでございます.....





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根性の別れ






お目汚し、失礼いたします。



「 根性 」という言葉は戦前の日本を連想させるようなアナクロな表現なので
「 精神力 」と言いなさいと小学生のときの担任教師が申しておりましたが
根性も精神力も持ち合わせていなかった私にとっては
両方とも煩わしく忌まわしい言葉でしかありませんでした。
そういった言葉を聞かされることが当時の私にとっては
今風に申せば「 ワードハラスメント 」だったのでございます。



もっとも、根性もしくは精神力を身に付けていれば、こんなことにはならなかっただろうと
今となっては後悔することが何かと多い今日この頃でございますが
とにかく若い頃の私にとってはそういった言葉はひどく縁遠いものでございまして
しかもこの年になってくると根性も精神力もますます縁遠いものになってまいります。
年をとりますと何事をするにもまず時間やキャパシティを計算して
今自分に余裕があるかどうかを確認してから行動に出るようになるのでございます。



たとえば若い頃は、一週間かかる仕事を3日で片付けなければならなくなっても
どうにかできたものでございます。
ほんの10秒で終わるテレビCMに出てくる水着姿のオネーチャンでヌクこともできました。
しかし今は無理が利きません。
一週間かかる仕事は10日かかると想定して予定を立てておりますし
10秒で終わるCMは録画・再生という手順を踏まなければヌケません。
ときには静止画でなければ精子が出ないこともございます。
老いというのはこういうことなのでございましょう。



根性無しで精神力が希薄な私のような人間は
おのずと逃げ腰で生きていくことになります。
「 逃げるは恥だが役に立つ 」というテレビドラマがございましたが
逃げるにも精神力は必要でございます。
かつて私は逃げるという選択から逃げたために
周りの人間に多大な迷惑をかけてしまいました。
そしてそれを今も引きずっているわけなのですが
たとえ自分にとってどれほど理不尽で筋違いで不愉快な状況であっても
自分自身が選択をしなければならない時が人生にはあるものでございます。



何やらつまらない自分語りをしてしまって恐縮でございます。
ともあれ、さほど遠くない将来において根性は死語と化し
精神力という言葉に取って代わられるのではないかという気がいたしますが
精力も精子力も衰え、精神力など皆無に近い私にとっては
いずれにしろ、どうでもいいことでございます.....





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ロードレイジ幻想






お目汚し、失礼いたします。



逞しい身体つきの男でございました。
プロの競輪選手のように色鮮やかな半袖半パンのウェアを身に着け
色濃く日焼けした両腕両腿には石のように硬そうな筋肉がたっぷりと載っております。
頭には平成仮面ライダーのマスクのようなヘルメットを被り
両目には色の濃いゴーグルを着用していました。
その男は私の車を睨むように振り返るとウンザリしたように首を振り
何やら口走りながらロードバイクを駆って走り去っていきました。



私の車にイラついたのでございましょう。
きっと何かディスるような言葉を吐いていたに違いありません。
不慣れな道だったため、車のスピードを控えめにして左側に幅寄せして走行しておりまして
おまけに後ろの方からロードバイクが近づいていたことに気づかず
ノロノロ運転していたのがこの男の癇に障ったのでしょうか。
悪気がなかったゆえ私も何となく理不尽な思いがしてムカつきましたが
睨み返すようなことはいたしませんでした。



モメたりすると一大事でございます。
相手は所詮自転車なのですが、そのパワーとスタミナに溢れる外見から
逆にこちらの方が煽られそうでございます。
きっと筋肉の塊のようなあの身体でロードバイクを駆り
猛スピードで追いかけてくるに違いありません。
どんな悪路もなんのその、坂道だろうがぬかるんだ道だろうが凸凹道だろうがヘッチャラで
たとえロードバイクが壊れて一輪車になっても、器用に乗りこなしながら追いかけて来るでしょう。
そして私の車の前に立ちはだかり、車内から私を引き摺り下ろし
あの強靭な腰を使って私のケツを掘るのでございます。



数分車を走らせたところで、再びその男に追いつきました。
男は信号待ちでロードバイクを停止させており、私は必然的にその男の横に並ぶことになった次第。
何か因縁をつけてくるかと身体と肛門を固くしておりましたが別にそんなそぶりも無く
男は前方を向いたままじっとしております。
やがて信号が青になり、男はロードバイクをスタートさせました。



二輪に乗った相手は苦手でございます。
若い頃、車で路上を運転中に私の進路変更がマズかったのか
それとも初心者マークを付けていたので舐められたのか
横を走っていた原付バイクに物凄く煽られたことがございました。
そのことがトラウマとなって今でも二輪のバイクは苦手なのですが
モーターバイクだけでなくロードバイクのような自転車までも苦手になりそうでございます.....





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一条の輝き







お目汚し、失礼いたします。



「 大人になっても人生はつらい?」
「 つらいさ 」

リュック・ベッソン監督作の映画「 レオン 」の中で
父親に殴られて鼻血を出したマチルダが
レオンに問いかけるシーンでの二人の会話でございます。
映画の初見の際、このセリフの重さと深みがわからなかった私は
複雑な家庭に育った少女と、都会で息を潜めて暮らしている殺し屋との
単なる通りすがりの会話としてスルーしておりました。



私事で恐縮ですが、子供の頃、大人になれば自分の今の状況
たとえば意地の悪いクラスメートからいじめられるとか
腕力や運動神経が他の男子より劣っているのでいつも馬鹿にされるとか
コミュ障なので浮いているとか、忘れ物が多くてよく親や先生に叱られるとか
そういったつらい思いをしなくても済むのではないかと漠然と思っておりました。
なぜなら自分の身の回りにいる身近な大人たちの中に
そんなつらい状況に陥っている人を見たことが無かったからでございます。



しかしそれは今思えば、私が世間知らずでしかも子供だったからでございましょう。
実際には似たような状況が大人社会においても存在し
あるいは子供社会とは異なった形でのつらい状況というものがあったはずでございます。
そしてそれは今も昔も変わらないでしょう。
大人になっても人生はつらいのだ……五十路を越えた今となっては
それは改めて再認識すべきことでもない至極あたりまえのことなのですが
たまたま某動画サイトで「 レオン 」を見ていたら冒頭のセリフに接して、ハッと気づいた次第。



ときどき、イイ年をこきながら子供時代に戻りたいと思うことがございますが
それは私が子供の頃に抱いていた「 大人になれば 」という浅はかな夢と同様で
戻れば戻ったで、そこにはつらい状況が待っているわけでございます。
今のつらい状況から逃れたい一心で、ついそのような夢想に浸ろうとしてしまいますが
結局、大人になっても子供のときでも
苦手な相手、ダメな自分、厳しい現実は存在しているわけでございます。



では人生とはそんなつらいことの連続だというにもかかわらず
人はなぜ生き続けるのでしょうか。
それは気が滅入るような暗色の光景が続く毎日において
ときおり一条の輝きのようなものが見え
その光が生きる活力となるからではないでしょうか。



それはたとえば素晴らしい人との出会いであったり
生涯をかけて貫き通したい趣味や生き様を見つけた瞬間であったり
相思相愛の結婚とか可愛い子供や孫の誕生、勤め先での出世、事業の成功
学問的な分野での発見や発明などもそうでしょうし
ただ単に見ず知らずの他人から親切にしてもらった
もしくは逆に他人に対して親切にしてあげて清々しい気分になった
あるいは極端な話、道端に可憐な花が健気に咲いているのを見かけたというだけでも
生きる活力となる場合がございましょう。



今朝、便所で用を足した後に尻を拭いたら
これはいったいどうしたことでございましょう。
トイレットペーパーに見事なキスマークが付いておりました。
痔にならないようにするために私、尻を拭くときは
いつもトイレットペーパーを軽くあてがうようにしているのですが
紙を肛門にあてがったときの微妙な当たり具合で
まるで茶色いルージュを塗った女性から
優しくキスをされたような跡が付いたのでございます。 



このところ、陰鬱な気分が続いていた私ですが
その微笑ましいキスマークを見て生きる活力を頂きました。
生きていればこそ、こんなことも起きるのだという一条の輝きを感じたのでございます。
人間とは、きっとこうやって人生を紡いでいくものなのでございましょう.....





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