基本的ぼっち権の尊重




お目汚し、失礼いたします。



最近は友達ができないことを理由に大学へ通うことができなくなったり
大学そのものを退学してしまったりする学生がいるそうでございます。
友達ができないということに激しいコンプレックスを感じるせいか
昼食時に一人ぼっちで食事をしているところを見られたくないからと
パンや弁当をトイレで食する学生もいるとか。



トイレとは排泄活動や自家発電をおこなう場所でございまして
そういう場所で食事をするのは衛生面で問題がございましょう。
それに友達とは本来、ごく自然にできてくるものであって
意識して作るべきものではございますまい。
また友達の数の多寡がその人間の価値を決めるものでもないでしょう。



しかし友達作りが下手糞な私には、上記のような若い衆の気持ちが
なんとなくわかるような気がいたします。
高校生の頃の私、授業の合間の休憩時間や昼休みの間など
教室で一人でポツンと座っていると何やら居心地が悪く
友達を作ろうと初対面のクラスメートに話しかけてみるものの
スルーされてばかりでございました。
やがて友達を作るのをあきらめた私は、文庫本を学校に持ってきて
休み時間に読むようになりました。



クラスの中に私のように誰も友達がいない生徒がもう一人いて
彼はいつも文庫本を読んでおり、その姿を見た私
「 んじゃ、おれも本でも読むことにするか 」と考えたのでございます。
そしてクラスメートが三々五々集まって話をしているそばで
横溝正史や大藪春彦、平井和正の小説を読み耽っておりました。
大学に入ってからは、同じ教室で同じクラスメートといっしょに
一日の大半を過ごすという必要は無く
大手を振って一人ぼっちでいられるので、むしろホッとした記憶がございます。



確かに友達は居ないより居るに越したことはございませんが
ひとりぼっちでいることに体裁の悪さを感じたり
肩身の狭い思いをするというのは、いかがなものでございましょう。
「 来る者は拒まず去る者は追え 」というスタンスで
友達関係を構築し維持していくのは
ノルマに追われるビジネスマンのようなものでございまして
それはもはや友達作りとは呼べないのでございます.....






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