ソファと埃と暗黒面




お目汚し、失礼いたします。



ここしばらくの間、目の回るような忙しさでございました。
そのため一週間ほど店の中が散らかし放題になっておりまして
見た目がよくありません。
とりあえず片付けたのでございますが
一ヶ月近くも掃除をしていなかったため
事務所の壁やソファ、テーブルや床の上にホコリがたまっております。
デスクの足元の暗がりから蚊が数匹舞い上がり
ハエも一匹、飛び回っておりました。
来客用テーブルの端から壁にかけて蜘蛛の巣までかかっております。



こういう人に見られたくない状況下に限って、来客がございます。
幸い、お得意先様ではなく、仕入先の営業担当者でございました。
しかし相手が誰であろうとみっともないところは見られたくございません。
かといって、あわてて目の前で片付けたり掃除したりするのは
なおいっそうみっともないわけでございまして
私はそ知らぬふりをして彼を迎え入れました。



用件は御機嫌伺いだったようで
ならば早く帰ってもらいたいものだと内心ヤキモキしながらも
私は笑顔で応対いたしました。
営業担当者の彼は、事務所に入るなり室内を見渡し
その散かりように気づいているのか気づいていないのか
「 いやぁ、暑いですねぇ 」と快活に笑いました。
ブランド物と思しきカッターシャツとスラックスに
高そうなネクタイとベルトを締めた彼の顔が
薄くホコリをかぶったソファに腰を下ろしたとき微かにゆがんだのは
暑さのせいだけではございますまい。



私は遅ればせながら、エアコンのスイッチを入れました。
当たり障りの無い世間話をしている間に室内は冷えてまいりましたが
じれったくなるほどの遅さでございます。
ようやく室内が人心地の付く快適な温度になったのは
そろそろ話のネタが尽き、相手も腰を上げるだろうと思ったころでございました。



で、何気なく営業担当者クンの顔を見たのでございますが
何やら額にビッショリと汗をかいております。
彼は私よりも年も若く、またどちらかといえばポッチャリ型なので
単純に汗かきなのだろうと思ったのですが
それにしては尋常ならざる汗の量でございます。
もうエアコンの冷気は室内の隅々にまで行き渡り
肌寒いほどであるにもかかわらず
顔を真っ赤にして汗の玉を額から滴らせているのでございます。



心なしか彼の全身がひどく強張っているように見えました。
なんとなく小刻みに震えているようにも見えます。
「 それでは社長、そろそろおいとまさせていただきます 」
と立ち上がった彼の体が一瞬大きく揺らぎました。
( 危ない!)と思いましたが、彼はすぐに体勢を立て直し
「 おっとっと… 」と苦笑いしながら、私の事務所から立ち去って行きました。



たぶん体調が悪かったのでございましょう。
そんな状態で御機嫌伺いに来た彼のプロ意識に敬服いたしましたが
反面、ひょっとしたらという良からぬ想像も浮かび上がってまいります。



もしかすると、彼がソファに腰を下ろしたとき
実際には彼はソファに腰掛けてはおらず
ごくわずかな間隙を空けて「 空気椅子 」をやっていたのかもしれません。
ブランド物のスラックスが
使いたおしたエチケットブラシのようになるのを恐れた彼は
ホコリまみれの小汚いソファに自分のスラックスが触れるのを避けるべく
「 エアチェアー 」という手段を使っていたのではありますまいか。



考えすぎかもしれませんが
彼が顔を真っ赤にして額に汗をかき
立ち上がった際に体が揺らいだ理由は
まさにそこにあったのかもしれません。
以前、腹を下して駅のトイレに駆け込んだとき
便座があまりにも汚かったために「 エア便座 」を使って用を足し
疲労困憊して同じような状態に陥った経験のある私にとっては
まったくありえない馬鹿げた話とも言い切れません。



しかしまぁ他人の暗黒面をあれこれと詮索するのは
自らも暗黒面に陥ることになります。
そもそも普段から事務所をきれいにしておけば良いだけの話。
これからはこまめに掃除をすることにいたしましょう.....






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