もの食うあはれな人々




お目汚し、失礼いたします。



少年時代に、父親と喧嘩をしたことがございました。
喧嘩と言っても些細なことで二言三言、言い争った程度でございます。
何か父親に対して腹の立つことがございまして
食事をしている父親に後ろから罵声のようなものを浴びせたのを
記憶しております。
父親も何か言い返し、それっきり喧嘩は終わったのでございますが
あとで何やら後悔とも自責の念とも区別の付かないものが
込み上げてまいりました。
味噌汁を啜りながら言い返していた父親の姿が
なぜか哀れに思えたのでございます。



なぜそんな風に感じたのかはわかりません。
しかしそれ以後私は、食事中の人間が怒られたり
罵られたりするのを見るのが苦痛になってまいりました。



食事とは人間が生命を維持するための必要不可欠な活動であり
食事をしたいというのは人間の基本的な欲求の一つでございます。
そういった意味から食事をする人間は
人間社会のしがらみとは無縁な動物か
あるいはおなかを空かせた無邪気な赤ん坊を連想させてしまい
そんな何の罪も無い動物や頑是無い赤ん坊が
無心に何かを食べている姿に対して
怒ったり罵ったりするのは、かわいそうだという意識が
潜在的に働くせいなのかもしれません。



特に襟元からナプキンをぶら下げて食事をする人間などは
まさによだれかけをした乳幼児そのものでございまして
そういう格好をして両手にナイフとフォークを持った人間が
口汚く罵られていたり、こっぴどく叱られていたりすると
たとえその原因が当人にあるとしても
何やら気の毒に思えてまいります。



こんなことを考えるのは私だけでございましょうか。
それとも、私以外に同じような哀れさを感じるかたがいらっしゃるのでしょうか。






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