万人の万人に対する戦い方




お目汚し、失礼いたします。



たとえば自分が知らない間に
キモイやつ、大嫌いなやつ、会いたくないやつが
自宅のクローゼットの中に隠れていて
帰宅したらそいつがクローゼットから
「 バァ~~ 」と飛び出してきたらどんな気分になるでしょう。
ましてやそいつがナイフを振り回して襲い掛かってきたら
どれほど恐ろしい思いをするかは、想像に余りあります。



東京の三鷹市で殺害された女優志望の女子高校生も
おそらくそういった恐怖と絶望感の中で
命を奪われてしまったのでございましょう。
一部ネットでは、この女子高生のエキセントリックな側面を物語る情報が
流れているようでございますが
それが人殺しの免罪符とならないことは申すまでもございません。



今回の警察の対応が適切だったかどうか
十分だったかどうかはよくわかりませんが
はっきり申し上げますれば、今回の事件で被害者の命を奪った殺人犯が
警察の予測を上回るほどアグレッシブだったのは確かでございます。
結果的に警察はあてにならないということになりましょう。
そうなるともはや自分で自分の身を守るよりいたしかたございません。



しかし自分で自分の身を守ると申しましても
具体的に何をどうすればいいというのでございましょう。
考えてみればわれわれ日本人は、少なくとも戦後社会において
理屈や情の通じない邪悪な相手と戦うための
精神的インフラを構築しておりません。
「 戦い方 」を知らないのでございます。



肝心なのは「 戦い方 」でございます。
「 守り方 」では戦いの主導権は常に相手側にあり
こちらが生きている限り、永遠に戦いを続けなければならないでしょう。
これまで数々の通り魔事件やストーカー殺人があったにもかかわらず
残念ながら「 守り方 」という方向でしか
世の大勢は動いてこなかったような気がいたします。



そして「 戦い方 」を得るには、それなりの代償が必要となりましょう。
戦って勝つというのは、憎い上司を土下座させて泣かせるという
ドラマのように単純なものではないからでございます.....






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