2つの自由




お目汚し、失礼いたします。



ゴールデンウイーク後半を利用して
4日間ほど行楽地へ泊りがけで遠出をいたしました。
高速道路を使って移動したのですが
行く先々で渋滞に巻き込まれ
ほとほと疲れた次第でございます。



一昨日の連休最終日、三木というSAに寄ったとき
ペットの犬を遊ばせる「 ドッグラン 」という施設があるのを見ました。
芝生で覆われた敷地が柵で囲まれており
その中で飼い主が犬とじゃれたり
犬を気ままに走らせたりしているのでございます。



犬も楽しそうでございます。
ここならどんなに吠えようが走ろうが
糞を落とそうが交尾をしようが
基本的には自由でございます。
しかし所詮、柵で囲まれた中でのことでございまして
空間的に限られた範囲の中でしか
犬は自由奔放に振舞えないのでございます。



そして、そんな斜に構えた物の見方をしている私も
その翌日からは仕事に戻らねばなりません。
ある一定の空間の中での自由を謳歌する犬と
ある一定の時間の中での自由を謳歌する私。
どこか似ているような気がいたしますが
実際のところその2つの「 自由 」の質や大きさには
大きな開きがございます。
生物学的にも社会学的にも犬と人間が違う生き物である以上
それは当然のことでございます。



犬にしてみれば、人間の自由など堅苦しくて退屈で
どこが自由だと首をかしげるかもしれません。
反対に人間の私が犬の自由を手にして
ところかまわず吠えたり  走ったり 
糞を落としたり  交尾をしたり
そんなことができればイイだろうなとは思うのですが
もし実際にそんなことをすれば
ある一定の空間に、ある一定の時間
犬のように繋がれることになりましょう。



あらためて申すまでもございませんが
自由の代償は高くつくのでございます.....






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