ドライアイスの夏




お目汚し、失礼いたします。



小学校の夏休みというと
最近は8月の25日ごろで終わってしまうようでございますが
私どもが小学生の頃は
夏休みは8月31日までというのが普通でございました。
それゆえ明日8月31日は、私が小学生だった頃は
夏休みの最終日だったわけですが
夏休みの最終日というと親に叱られて泣きながら
溜まっていた宿題を片付けた経験のある方も
多いのではないでしょうか。
また今の現役の小学生においても
そういった経験をしている子がさぞかし多いことでございましょう。



私もそういった横着をして、あとで困るような小学生でございました。
休みが始まってしばらくは、「 夏の友 」という宿題帳のようなものに
毎日向き合って問題の答えを書いたりしているのですが
やがて向き合うだけになり、あげくに机の引き出しの中へ
放り込んだままになってしまうのでございます。



そして8月31日の朝
「 工作 」の宿題があることを思い出し
何気に机の引き出しを開けてみると
十分の一さえもできていない「 夏の友 」と一緒に
真っ白の「 絵日記 」が出てきて
顔面蒼白になってしまうのでございます。
このように夏休みの最終日というのは
恐ろしいほど沢山の宿題を
親に叱られながら必死で片付けるという
そういった重苦しい一日でございました。



そんなふうにして毎年
夏休みの最終日を過ごしていた私でしたが
ある年、確か小学4年生のときだったかと存じますが
どういうわけかそのときの夏休みは
宿題が何もかも早い目に片付き
8月31日は余裕綽々と過ごせるようになったのでございます。



そんな私のことを見て機嫌を良くした母親は
その日の朝、私に向かって
デパートに連れて行ってやろうと言いました。
宿題は全部やり終えておりますので
私も特に断る理由がございません。
その日は、梅田の阪急百貨店へ行き
母親のウインドショッピングに付き合い
最上階の大食堂で昼食を食べ
地下の食品売り場でスイーツを買って帰りました。



帰宅するとちょうどおやつ時でございます。
買ってきたスイーツを母と一緒に食べて舌鼓を打った私は
台所の流し台に散らばっている白い塊から
白煙が立ち上っていることに気づきました。



私がびっくりしてそのことを告げると母は笑いながら
「 あれはドライアイスよ 」と言いました。
スイーツの箱の中に保冷用として入っていたドライアイスを
母が流し台に捨てていたのですが
それが水に触れて白煙を発しているのでございます。



「 直接触ったらアカンよ。手が爛れるからね 」という
母の忠告を耳にしながら
私はドライアイスに水をかけました。
水をかけると白煙はますます勢いを増し
ドライアイスの周りでボコボコと白い泡が湧き上がり
私はおもしろくなって何度も水をかけました。



どのくらい水をかけ続けたでしょうか。
気がつくとドライアイスは最後のかすかな白煙を残して
消え失せるところでございました。
母は何か用事があったのかいつの間にか出かけていて
家の中にはおりません。
窓からさす陽は傾いていて、もう夕暮れ時のようでございます。
蝉の声も聞こえませんでした。



何やらひどく寂しい思いがいたしました。
なぜ寂しかったのかよくわかりませんが
たぶん、夏休みがその日で終わりだということ
そして夏という季節がもう終わりを告げようとしていることを
子供ながら無意識のうちに感じていたのでございましょう。
ドライアイスが消え失せたことで
そのことをいっそう切実に感じたのかもしれません。



私がドライアイスに水をかけ続けていたのも
おもしろいからではなく
今思えば、無意識のうちに感じていたその空虚さを
埋めるためだったのかもしれません。
しかし結局、ドライアイスは消え失せてしまいました。
夏は終わったのでございます。



いつもの夏休み最終日なら、宿題を片付けるのに必死で
このような気分にはならなかったはずでございます。
宿題に押しつぶされそうな夏休み最終日
というのも辛ぅございますが
年端も行かない小学生に夏の終わりの空虚さや寂しさを
ヒシヒシと感じさせるというのも酷なものでございましょう。



してみると、夏休みに学校から沢山の宿題が出されるのは
往々にして子供が夏休み最終日に宿題を一気に片付けようとする
という傾向があることを見越した上で
夏の終わりの空虚さや寂しさを
子供にできるだけ感じさせないようにしようとする
大人の気遣いなのかもしれません.....






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