緊張感の醸成




お目汚し、失礼いたします。



10年ほど前、まだ私が雇われの身だった頃のことでございます。
現場仕事へ行った先で
アルバイト店員の研修風景を拝見いたしました。
そのアルバイトを募集した会社は
或る大手企業の関連会社でございまして
たまたまその関連会社の店舗内で
ちょっとした工事をしている最中に拝見したのでございます。



約20名ほどの若い男女が集められておりまして
整列した彼らの前に
研修官らしき30歳前後の男性と
その補佐役らしい同年代の男性が立っておりました。
最初にメインの研修官が挨拶をおこない
研修の大まかな目的や内容などを説明いたしました。
軽く冗談を交えながら、説明は和やかに進みまして
さて具体的な細かい注意点の説明へと
さしかかったときでございます。



補佐役の研修官の携帯電話が着信音を発しました。
メインの研修官が説明をしている間
サブの研修官は声を低めて
携帯電話に話しかけておりましたが
やがてメインの方に自分の携帯電話を差し出して
耳打ちをいたしました。



携帯電話を受け取った研修官は
低い声で通話口に向かって何か話しておりましたが
その声が携帯電話のステップトーンさながらに
だんだんと大きくなってまいります。
やがてその声は激した口調の大声に変わり
通話相手に対する怒声と化したのでございます。



電話の相手が誰なのか、私には知る由もございませんが
話の内容から推測するとどうやら
相手はここで研修を受けるはずだったアルバイト店員で
研修がおこなわれる場所を間違えたらしいのでございます。
そのアルバイト店員は、行った先に誰も居ないので
あわてて問い合わせの電話を入れてきたのですが
それだけならまだしも、要領を得ない話し方で
しかも何か言い訳がましいことを言ったらしく
そのことが火に油を注いだようでございます。



20名ほどのアルバイト店員たちの前で
壁が揺れるほどの大声を張り上げたあと
その研修官は「 あとでかけ直して来い!」と怒鳴りつけ
携帯電話の通話を切りました。
そして何事も無かったかのように
研修を受ける上での注意点の話に戻ったのでございます。



何やらものすごい迫力に圧倒されてしまいました。
アルバイト店員たちの中にも
顔を引きつらせている者がおりまして
さすが大手の関連会社は違うと思ったものでございますが
後日、あるお得意様にその話をしたところ
あっさり「 ブラフだろ?」と言われました。



つまり携帯電話に着信が有ったのではなく
タイマーをセットしたアラームを鳴らして
いかにも着信があったように見せかける。
そして通話相手など存在せず
通話中でもない携帯電話に向かって
延々と怒鳴り続けるという自作自演だろう
というわけでございます。



仮にそれが本当だとしたら
何のためにそのようなことをしたのでしょうか。
おそらく若いアルバイト店員たちに
緊張感を持たせようということで
一芝居打ったのでございましょう。
随分とテクニカルで凝ったことをするものでございます。
やはり大手の関連会社は違うということでございましょうか。



あれから10年ほどの歳月が経ちましたが
あの大手関連会社は今どのようなノウハウを使って
アルバイト店員たちに緊張感を持たせているのでしょう。
今でも同じ手を使っているとは思えませんから
おそらく俳優や芸人を雇い
場合によってはサプライズ代行業者に丸投げし
何らかの寸劇を演出して
緊張感を醸し出しているのかもしれません。



しかしそうなると、もはやそれは研修ではなく
テレビのドッキリ番組か、母さん助けて詐欺でございます.....






コメント

非公開コメント