砂のように、桜のように。




お目汚し、失礼いたします。



今朝、仕事の出先で遊歩道のようなところを歩いておりました。
歩道にはベンチと、二分咲きか三分咲きぐらいの桜の木が点在しており
やわらかい陽射しの下を3人の保育士さんが園児たちを連れて
のんびりと散歩をされておりました。
ベンチにはお年寄りが腰を降ろし
花を遠慮がちに咲かせている桜の木に、じっと見入っておられます。



天気も良いし、空気に冷たさは感じられません。
ふと私もベンチに腰を降ろしてみたくなりました。
ベンチに座って、息づき始めた桜、楽しそうな保育士さんと園児たち
静かに桜を愛でるお年寄り、青い空、白い雲、温かい太陽を
日がな一日ながめていたくなりました。



そして奇妙なことに私、もしそうやってながめていたら
やがて自分の体が目に見えないような単位で少しずつ細かく分解し
ゆるい風に乗ってどこかへ消え去っていくような気がいたしました。
顔文字の一つに、顔が次第に砂と化して消えてゆくものがございます。
あんなふうに穏やかに消えてゆけるのならそれもアリかなと思いました。



まぁできれば砂ではなくて、舞い散る桜の花びらになってみたいものですが
散るなら散るで、まず先に満開になる必要があるわけでございます。
そしてこの先、私の人生が満開になるとは到底思えないわけでございますが.....







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