身の丈




お目汚し、失礼いたします。



ネットで、とある写真を見かけました。
フィリピンの女子大学生がフェイスブックに投稿したものでございます。
フィリピンはセブ島の夜の風景を撮ったものでございまして
小学校低学年ぐらいの小さな少年が小さな椅子らしきものにちょこんと腰掛け
小さな机に向かって勉強している写真でございます。



そばには某ファーストフード店の店舗があり
少年はそこから漏れてくる明かりを頼りに勉強をしているのでした。
少年の母親はその店で働いており、3人の子持ちで未亡人。
店に住まわせてもらっており、そこの店員以外に
家政婦の仕事もしているそうでございます。



少年のことを大変だなと感じるよりも先に、かわいいなと思いました。
また、少年やその母親に対するファーストフード店のフトコロの深さや
フィリピン社会の大らかさを垣間見たような気がいたしました。
その度量の大きさを裏打ちするように、その写真が公開されて以後
少年と母親には、経済的な援助や便宜を図る申し出が続いたとのこと。



ただ私、そういった賑々しい救いの手にはいささか違和感を覚えます。
親切心がお金という形になると
どうしても生臭いものがつきまとってしまうからでございます。
キレイ事を申すようですが、ここは一つ
少年と彼の母親が安心してその暮らしを続けることができるように
そして降って湧いたようなものではなく
ごく自然な形で生活の質が向上するように
何らかの違った形で救いの手を差し伸べるべきではないかと存じます。
もっとも、じゃあ具体的にどうすればいいんだ、言ってみろ、と問われると
ツライのでございますが。



急にジャブジャブとお金が手に入るようになるとろくなことはございません。
この少年やその母親がそうだと申すわけではございませんが
今まで苦労したり虐げられたりという境遇に居た者が
身の丈に合わない大金と贅沢な生活を与えられると
だんだん性格が捻じ曲がり、偏執狂のようになり
何かとイチャモンやケチをつけ
ユスリタカリの真似事をするようになるのでございます。



人間というもの、基本は身の丈でございます。
そして身の丈というものは、自らの力で伸ばしていくことが肝要でございます。
もっとも、それはなかなか難しく、容易にできるものではございません。
チンコの丈は、こすれば伸びますが所詮一時的なもの。
身の丈に合った生活は容易でも、身の丈を伸ばそうとするならば
場合によっては身の丈に合った生活を破壊しなければならないでしょう。



なさけないことですが、私にはチンコの丈は伸ばせても
身の丈を伸ばすのはできそうにありません.....






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