状況の原点




お目汚し、失礼いたします。



私は喧嘩というものをほとんどいたしません。
「 負ける喧嘩はしない 」というのが喧嘩の鉄則でございます。
そして私のようなヘタレで弱虫の人間が勝てる喧嘩などほとんどございません。
それが私が喧嘩をしない理由でございます。



そもそも喧嘩などしないに越したことはないのでございます。
喧嘩の後で仲直りができればいいのですが
後味の悪さや気まずい思いがお互いに残ってしまう場合がございましょう。
それに、何か適切なタイミングやきっかけで誰か仲裁に入る者がいなければ
喧嘩はいつまでも続いてしまい、キリがありません。



70年前の今日、世界中を巻き込んでおこなわれていた大喧嘩に
キリを付けようと、広島に爆弾が落とされました。
その3日後に同じ爆弾が長崎にも落とされたわけですが
あの爆弾を落とさなくてもキリをつける方法はあったかもしれませんし
あれは実験や研究も兼ねていたのでございましょう。



実験や研究はそれ以後も継続され、負ける喧嘩をしないため
あるいは、負ける喧嘩はしないという鉄則に拘束力を与えるため
爆弾は量産されていきました。
そして今、閉め切った四畳半の自室に有毒物の入った割れ易いガラス瓶が
身の置き所も無いほど山積みになっているかのごとく
地球上にはその爆弾が溢れかえっております。



そんな恐ろしい状況下では、今からちょうど70年前に広島を襲った
途轍もなく巨大な災いのことに思いが及ぶのは困難でございましょう。
人はただただ、そのような恐ろしい状況下で日々暮らしているということを
忘れようとするばかりでございまして、それは私とて同じでございます。
しかしこの恐ろしい状況下において
かろうじて保たれている均衡が崩れたときに起きるのは
他でもなく、70年前に広島を襲った途轍もなく巨大な災いなのでございます.....






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