所在なき者達




お目汚し、失礼いたします。



このところ立て続けに問題噴出の東京オリンピックですが
新国立競技場の件にしろ、先日の白紙になったエンブレムの件にしろ
この手のトラブルではありがちなように
例によって責任の所在がはっきりいたしません。
良く言えば各自が責任を分担しているとも解釈できますし
悪く申せばそれぞれ逃げ道を作っているとも考えられるわけでございます。



この「 責任の所在がはっきりしない 」という状況を知ったときに私
ある日本の陸上競技の選手が自殺した事件のことを、ふと思いました。
この選手は1964年の東京オリンピックで華々しい活躍をしたのですが
その後、次のメキシコオリンピックでのさらなる活躍を周囲から期待され
その重圧に苦しんだあげく、不幸にも自ら死を選んでしまったのでございます。
国家の威信や国民の期待を一身に背負い
その背負ったものの重さに耐えかねて亡くなってしまう。
きっと責任感の強いかただったのでございましょう。



新国立競技場の建設や公式エンブレムの決定に関わった
民間や行政の人間たちは
オリンピックにまつわるこのような悲愴な出来事が
かつてこの日本において起きたことを御存知ないのでしょうか。
いったいどういう心構えで事を進めていたのでしょうか。
何もこの陸上選手のように自分を追い詰めろとは申しませんが
少なくとも、自分たちのしでかした無責任な所業のせいで
巨額の税金をドブに捨て、選手たちに余計な心配をかけていることは
しっかりと自覚してもらいたいものでございます.....






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