理屈はいらない




お目汚し、失礼いたします。



今年の4月か5月ごろだったかと存じます。
とある遊歩道沿いの車道を車で走っておりましたら
3歳ぐらいの男の子を連れた母親を見かけました。
遊歩道には花壇があり、母親はしゃがみこんだ子供に何かを指差して
微笑みながら話しかけておりました。
花壇に昆虫がいるか、きれいな花が咲いているかしていたのでしょう。
子供は母親の指差した方を無心に見つめておりました。



何気ない昼下がりの光景でした。
どこにでも見かけるような母親と子供の姿でした。
子供は怪我か病気の治療中なのか、それとも何か障碍があるのか
頭にヘッドギアをつけておりました。
しかしそれ以外は特に気づくことの無い、普通の親子の微笑ましい姿でございました。



もし仮にその子が障碍者だったとして、これからこの親子がどんな人生を歩むのか
世の中がこの親子に対してどう接するかを考えた時
残念ながら微笑ましい姿や美しい光景ばかりで埋め尽くされるとは限りません。
この親子が世を呪い、人を呪うということがあるかもしれませんし
逆に人に呪われ、世に呪われということもあるかもしれません。



私は人権屋やそれに与する者、類する者は大嫌いなのですが
世の中のすべての人間が幸せになるということに対して異存はございません。
そんな社会を作るためには少しでも多くの人間が知恵を出し合い絞り合い
たとえわずかでも実際に前へ進み続けることが肝要でございます。
理屈を捏ね回しているだけではろくなことにはならないでしょう。



人間が人間の犠牲になり、キチガイが野放しになってしまいます。
大切なのはどうあるべきかではなく、何を為すかでございます.....




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