はやく人間になりたい






お目汚し、失礼いたします。



昨日、某動画配信サイトで往年のテレビアニメ「 妖怪人間ベム 」の最終回を拝見いたしました。
なんでもこのアニメ、今年で放映後50周年になるとのことで
その記念企画として当時の作品やコメディテイストの新作ショートアニメが
そのサイトにおいて配信されておりまして
懐かしさに絆された私、毎週木曜に更新される50年前の作品を見ておった次第でございます。



このアニメ作品、一応ホラーアニメではございますが
今時のものと比べれば「 お子様ランチ 」のようなもの。色々とアラはございますし
今ではちょっとオンエアしかねるような部分が編集されて不自然になっておりましたが
とはいえ、あらためて見てみるとジャズが主なBGMとして使われていたりして、なかなか興味深く
物語の舞台が日本ではなく、アメリカやヨーロッパなどの外国だというのも独特ですし
また主役の3人がいろんな街を旅しているという設定や一話完結という作りも
見る側としては手軽な感じがいたしまして、半世紀前にリアルで見ていた私としてはけっこう楽しめました。



ところでこのアニメの最終回については、その内容を知っておられる御同輩もいらっしゃるかと存じますが
何やら悲しい結末となっております。
この世の中、報われないことや理不尽なことがほとんどで
甲斐のあることや納得のいくことがいかに少ないかというのは誰しも感じるところでございましょう。
子供の頃この最終回を見たとき、そういったことを意識せずに見ていたため
それほど強い感銘は受けませんでしたが
何回か再放送がなされたのを見て、また私自身が長じるにつれて
3体の妖怪人間のこの時の思いや、彼ら自身の運命についての選択に対して
感慨深いものを見出すようになりました。



人間誰しも孤独でございます。
しかし孤独であるからこそ、その人間にしかわからないもの、その人間しか気づかないこと
その人間しか持っていないある種のノウハウがあるものでございます。
ベタな物言いになるかもしれませんが、このアニメの最終回はそういったメッセージを発して
孤独に苦しむ人間に勇気を与えようとしているように見えました。



かく言う私も、自身のおかしな性癖、奇妙なフェチズム、やめられない自家発電に悩み
孤独に苦しむ時期がございましたが
「 妖怪人間ベム 」の最終回が描こうとしていたものを意識するようになってからは
「 はやくマトモな人間になりたい 」と思わなくてもいい。
また、あえてマトモな人間にならなくてもいいんだと考えるようになり
自分自身が変態であることを認め、変態にしかわからないモノ、変態しか気づかないコト
変態しか持っていないある種のノウハウがあるのだという勇気を得ることができました。
変態であることに積極的な意義を見出したのでございます。
これは私にとって人生上の大きなターニングポイントでございました。
そして今日に至るまで私、その変態としてのポリシーに誇りを持って生きてきたわけでございます。



まぁ今となっては、それは大いなるカン違いではなかったかと思うこともございますが.....





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