未決厨




お目汚し、失礼いたします。



一昨日の日曜日、書籍の整理をしておりました。
昔読んだ単行本や文庫本で、もう二度と読むことは無いだろう
と思われるものをおもいきって処分し
売れそうなものは古本の買取店に持って行こう
と思ったのでございます。



ところが、いざ整理作業を始めたものの遅々として進みません。
押入れの中に眠っていた本を一冊一冊チェックしていると
この本はまた最初から読み直してみるべきじゃないかとか
これは何か資料として役に立つのではないかとかいった
作品的な価値について考え込んでしまい
そればかりか、この作家のこの作品は希少価値がありそうだから
捨てずに持っていればあとでレア物として高く売れるのではないか
といった金銭的価値にまで思いが及び
決断がなかなかできないのでございます。



そしてたまたま手に取った本の表紙をふと見てみたら
若いころに読んだ胡桃沢耕史氏の「 六十年目の密使 」。
あの切ないラストシーンが思い出され
何やら妙にシンミリしてしまいました。
それと同時に、部屋中に広げた文庫本や単行本の山が
無性にいとおしく感じられ
いったい自分は何をやっているのだろう
ここにあるのは全て自分の内面を形成するのに役立った
貴重な遺産ではないか。
その遺産を廃棄したり売り渡したりしようと考えるなんて
自分はなんと罪深くて強欲なやつなんだと
贖罪意識にまで苛まれてしまったのでございます。



結局その日は、整理対象だった本のうち
一冊も処分の決定を下すことができず
おまけにそれらのうちの何冊かを読み耽っているうちに
日が暮れてしまった次第。
しかし考えてみれば、これは予測された事態でございました。
数年前、実家で溜まっていた大量のビニール本を処分する際にも
似たような事態に陥ったのでございます。
古いビニール本を一冊一冊チェックしているうちに捨てるのが惜しくなり
それと同時にムラムラしてきた私、ふと気がつくと部屋の中は
広げたビニール本と丸めたティッシュの山で埋め尽くされておりました。



優柔不断な人間とは、このようなものでございます。
ビニール本のときの経験でそれは身に沁みていたはずなのに
何の学習もせずに同じ作業にとりかかったため
整理するつもりだった書籍すべてが、そのまま押入れに逆戻り。
愚かな私でございました.....







コメント

非公開コメント